美しい追憶の都!岩手県盛岡市の観光スポット50選をご紹介!

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せっかくの休日、観光するなら自然が多いところでゆっくりしたい!というあなたにおススメなのが岩手県盛岡市。岩手県の県庁所在地である盛岡市は、北西に岩手山の雄姿を望み、市街地には雫石川、中津川、北上川の清流を有する自然の美しい地域です。盛岡の土地の歴史は長く、平安時代には征夷大将軍である坂上田村麻呂や、のちに幕府を開くことになる源頼朝や足利尊氏の祖、源義家が訪れた記録があります。

また、文豪の石川啄木や宮沢賢治、政治家である原敬や、教育者であった新渡戸稲造など、たくさんの文化人を排した地でもあり、盛岡市内のあちこちに彼らが確かに存在していた証を見つけることができます。歴史と文化に深く関係のある盛岡市は、至る所に観光地が盛り沢山!歴史あるものから最近のものまで、観光スポットには事欠きません。また、観光の思い出になるようなグルメや体験スポットも数多くあります。今回の記事では岩手県盛岡市の色々な観光スポットをご紹介します。

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美しい追憶の都!岩手県盛岡市の観光スポット50選をご紹介!:目次

1. 岩手公園

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「盛岡」という地名が使用され始めたのは、西暦1600年頃のこと。その当時盛岡市一帯を治めていたのは南部氏という大名で、その城下町が現在の盛岡市街地の基礎となりました。盛岡城址公園という愛称でも知られる「岩手公園」は、その南部氏の居城である盛岡城の遺構を見ることのできる観光スポットです。

現在観光することが出来るのはほぼ石垣のみですが、関東以北の石垣作りの平城(ひらじろ)としては最大規模を誇るこの公園、実際に観光してみると、かなりの距離を歩くことになります。園内には盛岡市にゆかりのある石川啄木歌碑や新渡戸稲造の言葉を刻んだ碑があったり、桜林やバラ園、紅葉の見られる場所もありますので、のんびり散策するつもりで訪れるのにオススメの観光スポットです。盛岡駅から徒歩で15分訪れることができます。観光のために体力を取っておきたいならタクシーがいいでしょう。

2. 石割桜

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盛岡城址公園から徒歩5分ほどの場所に、観光客も多く見に来る1本の桜の木が生えています。桜の木の名前は「石割桜」。なぜそんな名前かというと、文字通り大きな花崗岩の割れ目から生えている桜だからです。樹齢360年にもなるというこの桜は、品種としてはエドヒガンザクラ。開花の時期を狙って観光したい場合は、毎年少しずつ時期は異なりますが、4月の中旬頃に観光に訪れると良いでしょう。

この桜の所在地ですが、なんと盛岡地方裁判所の構内に生えている形となります。観光するにはちょっと緊張してしまいそうですが、一見の価値ありのポイントですので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。また盛岡市のお土産屋さんでは、観光客向けにこの桜と同じ名前のお菓子も販売しています。「石割桜」を観光した記念に購入するのにぴったりのお土産品です。

3. 岩手銀行赤レンガ館

出典:ja.wikipedia.org

盛岡駅よりバスで10分。中津川を渡ったその先に、赤煉瓦でできたレトロな建物があります。2016年7月にオープンした「岩手銀行赤レンガ館」は、1911年に竣工してから1994年に国の重要文化財に指定されたのち、2012年までは実際に銀行として使用されていた建物です。2012年に支店としての営業を終了してから一部分を開館当時の形に復元し、現在では観光スポットとして公開されている建物となります。

内部は、無料で入れる岩手銀行ゾーンと有料の盛岡銀行ゾーンに分かれているほか、多目的ホールでイベントが開催されていることも。事前に確認してから訪れると、観光する際の楽しみも増すはずです。ところでこの建物、どこかで似ている建物を見たことがある気がしませんか?実はこの建物を設計したのは、東京駅の設計でも知られる辰野金吾と葛西萬司なんです。彼らが設計した建物としては、東北地方で唯一残っているものなのだそうです。盛岡観光に訪れる際には、ぜひ東京駅とも比べてみてください。観光の楽しみも深まることでしょう。

4. もりおか啄木・賢治青春館

出典:commons.wikimedia.org

「岩手銀行赤レンガ館」から、国道106号を渡ってそのまま真っ直ぐ進むと、もう一つレトロな建物を見つけることができます。建物の前身は「岩手第九十銀行」。ドイツ風ロマネスク様式を取り入れたこの建物は、平成14年に「もりおか啄木・賢治青春館」として内部を観光できるようになりました。

石川啄木は盛岡市出身、宮沢賢治は花巻市の出身ですが、それぞれ学校に通うために盛岡市で生活をしていた時期があります。こちらの観光スポットでは、二人が学校に通っていた頃に関する資料や作品、また当時の盛岡市の様子や新聞などを展示しています。盛岡市内にある彼らの足跡を観光する時には、ここを訪れて予習・復習すると観光をさらに楽しめるでしょう。

5. 繋温泉

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平安時代の末期、東北の豪族阿部貞任が朝廷に対して反旗を翻したとき、討伐軍として朝廷から派遣されたのが源頼義と、その子源義家です。この時討伐軍が本陣を置いたのが、この「繋温泉(つなぎおんせん)」の近く。源義家が本陣の近くに温泉が湧いているのを発見し、自分の馬の怪我をこの温泉で洗ったところ傷がよく治ったので、近くの岩に馬を繋いで義家自身も温泉に入った、というのが、「繋温泉」の名前の由来といわれています。

泉質は単純硫黄泉で、非常に高いアルカリ性です。血行や代謝の促進に効果があるほか、「天然の保湿成分」と呼ばれるメタケイ酸も含んでいる、お肌に嬉しい温泉となっています。お湯に浸かれば観光の疲れも吹き飛ぶことでしょう。また温泉の近くには、雨の日でも気にせず絵付けや染物、木工などを楽しめる「盛岡手づくり村」や、豊かな自然や冬にはシベリアからの渡り鳥の観察もすることのできる「御所湖広域公園」もあるので周辺の観光も合わせてどうぞ。

6. 盛岡八幡宮

出典:ja.wikipedia.org

盛岡城跡公園から国道106号沿いに東の方へ進んでいくと、やがて右手に朱塗りの大きな鳥居を見ることができます。この立派な鳥居は「盛岡八幡宮」の鳥居です。地元盛岡の人々を始め、多くの観光客が参拝に訪れます。平安時代、源頼義が岩清水八幡宮を勧請したのに始まり、1593年にこのあたり一帯を収めた大名である南部氏が盛岡城を築城した際、城内鎮守の神社として再建したという、長い歴史を持つこの神社。複数の神社と合祀、遷座した経緯があるため、広大な敷地の中に様々な神様のお社が建てられています。

現在の社殿は平成9年に建立されたやや新しいものですが、境内には江戸時代に作られた灯篭や、御神宝を納める神宝殿などもあります。神社のホームページには境内の地図も掲載されていますので、予めダウンロードしてから観光に訪れるとより分かりやすいでしょう。またこの「盛岡八幡宮」は、流鏑馬や盛岡山車などの神事も行われており、無形民俗文化財に指定されている「チャグチャグ馬コ」のゴール地点にもなっています。観光する際には、ぜひ事前に例大祭のスケジュールも確認してから訪れてみてください。

7. 桜山神社

出典:ja.wikipedia.org

「桜山神社」は、盛岡城跡公園内、盛岡城旧三の丸跡に建立されている神社です。江戸時代中期に盛岡藩の八代目当主である南部利視公が、盛岡藩初代信直公の遺徳を偲んで社を建立、御神霊を勧請し奉ったのがこの神社の起源となります。またこの後南部家の英君と称えられる御神霊が合祀され、現在では南部家開祖である光行公、盛岡藩三代利直公、盛岡藩十一代利敬公の四柱がお祀りされています。

この「桜山神社」ですが、本殿の横に大きな岩がお祀りされています。この大きな岩は盛岡城築城の時に場内の神域から出現したもので、当時の藩主利直公はこの大岩の出現を瑞兆として喜び、「宝大石」としてこの岩の前で神事を執り行ったのだそうです。この場所は現在でもパワースポットとして知られており、多くの人が観光に訪れています。観光で運気を上げたい方はぜひ訪れてみては?

8. 茣蓙九 森九商店

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「岩手銀行赤レンガ館」のある通りをそのまま北へ進むと、一軒の古い町家が見えてきます。その一角だけタイムスリップしてしまったかのようなお店の名前は「茣蓙九 森九商店(ござく もりくしょうてん)」。1816年に盛岡に創業したこの商家は、現在もなお竹製品などの日用雑貨を扱うお店として営業しています。お店の建物は江戸時代の末期から明治時代にかけて建てられたもので、盛岡市から保存建造物の指定を受けています。当時の豪商の姿を今に伝える、貴重な歴史的建築物である観光スポットです。

実はこの建物ですが、すぐ裏手には中津川の清流が流れています。観光客もよく歩く川沿いの歩道を進んでいくとお店の裏手を見ることができるのですが、その姿もまた、まるで江戸時代にでもタイムスリップしてしまったかのような様相を呈しています。川の流れとともに時代の流れを感じることのできる、隠れ観光スポットでもあるのです。

9. 寺町通り

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盛岡城跡公園から北の方へ向かっていくと、やがて周囲の風景は寺院や神社の立ち並ぶエリアへと切り替わります。北山の「寺町通り」は、大慈寺のある鉈屋町界隈と並んで、クラシカルな街並みを味わうことのできる観光エリアです。盛岡に伝わる歴史やむかし話に関わりのあるお寺や神社が連なっているので、懐古的な雰囲気漂う静かな風景でありながら、わくわくした気持ちで観光できるスポットでもあります。宮沢賢治が下宿していたお寺である「清養院」や、仏教の教えを習いに行った「願教寺」があるのもこの観光エリアです。

またケヤキ並木とと南部鉄器の街灯に彩られる美しい石畳は、「日本の道100選」にも選ばれています。心を落ち着けてのんびり観光したいエリアです。盛岡都市循環バス「でんでんむし」でいくことができます。観光で訪れる際は「本町一丁目」バス停で降りましょう。

10. 大泉寺

盛岡市にある「大泉寺」は浄土真宗のお寺で、現在の本堂は江戸時代の文政年間(1818年〜1829年)に再建されたという記録が残っています。木造平屋建の本堂の屋根は宝型式反り屋根という反り返った形をしているのに対し、車寄せの部分は起り破風(むくりはふ)という少し丸っこい形をしていて、その対比が特徴的です。

このお寺は、一人の貞女が葬られていることで有名な観光スポットです。女性の名前は「おかん」といい、美しい女性だったのだそうですが、その器量の良さのため、すでに結婚していにも関わらず別の男から横恋慕をされます。おかんは自分の夫がその男に殺されそうになっていることを知り、悩んだ末に夫の身代わりとなって、夫の身と自らの貞節を守ります。相手の男はそれを知って改心し、おかんを大泉寺に葬り、彼女の夫と共に僧となって、供養をしたということです。彼女の墓石は花崗岩でできているにも関わらず、叩くと微かに金属音がするということで有名です。ちょっとドキドキしますが、観光に訪れた際には、挑戦してみても良いかもしれません。

11. 報恩寺

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「報恩寺」は曹洞宗の古刹で、1394年に開山されたお寺です。元々は南部氏の祖先の菩提を弔うために青森の三戸に建立されたお寺でしたが、1600年代に南部氏がその本拠を盛岡に移した時に、報恩寺も盛岡に遷座されました。この報恩寺で有名なものといえば、なんといっても五百羅漢像。この五百羅漢像は江戸時代の享保年間に作成されたものですが、当時500体が収められたうち、499体が現存しているというのは、全国でも稀な観光スポットです。

それぞれの尊者に名はなく、服装から概ね印度、支那や西域の人々であることが見て取れるのですが、全ての像に同じ顔はなく、みなが生き生きとした表情をしているのが特徴的です。中にはなんとマルコ・ポーロやフビライ・ハーンと言われている像もあります。どれか一体は必ず自分に似た顔があると言われる500羅漢像、多めに観光時間をとって、どんな顔の尊者がいるか、ゆっくり見て回りましょう。またこのお寺は広大な座禅堂があることでも有名で、盛岡高等農林学校時代の宮沢賢治が座禅に訪れたこともあります。石川啄木もよく級友たちと訪れ、詩集「あこがれ」の中の「落瓦の賦」の中で報恩寺のことをうたっています。文豪たちにも馴染みのある盛岡の観光スポットとしても、ぜひ訪れたい場所です。

12. 東顕寺

「東顕寺」は盛岡市にあるお寺の中でも歴史が古く、1384年に開山されたお寺です。現存している本堂と山門はそれぞれ1803年と1804年に建立され、本堂は盛岡市の保存建造物に指定されています。また、盛岡市指定文化財である「十一面観音菩薩坐像」と「大黒天立像」を所蔵する寺院でもあります。

一般の参拝をされる方も多いお寺ですので、気楽に観光、というのは難しい部分もありますが、山門の前を通った時にはぜひお寺の名前と山門のことを思い出してみてください。また、東顕寺の裏手には鬼の手形のある「三ツ石神社」があります。そちらを観光する時に、お寺の付近を通ってみても良いでしょう。

13. 三ツ石神社

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盛岡には「不来方(こずかた)」という雅称があります。昔、盛岡市の付近には羅刹という鬼が住んでいて、このあたりを荒し回っていました。人々が困って「三ツ石神社」の神様にこの鬼をなんとかしてくれるようお願いしたところ、神様が鬼を捕まえてこらしめ、二度とこの地に訪れないよう、鬼に岩に手形を残させて証文としたのだそうです。「二度と来ない方向」つまり「不来方」というのが盛岡の古い呼び方で、「岩に残した手形」は「岩手」という地名の由来になったというのが、この物語の顛末です。また、鬼が来なくなったことを喜んだ住民たちが、そのことを喜んで踊ったのが「さんさ踊り」の始まりであったとも伝えられています。

この物語に登場する「三ツ石神社」ですが、場所は盛岡市内最古の古刹である「東顕寺」のすぐ近く。境内にお社と三つの大きな石があるのみというちょっとシンプルな神社ですが、「さんさ踊り」の際には奉納演舞が行われるなど、盛岡や岩手の文化を知るためには、欠かせない観光スポットでもあります。盛岡市の古刹を観光する際には、ぜひ三ツ石神社も観光ルートの一つ組み込んでみてください。

14. 光台寺

「光台寺」は盛岡市指定文化財である「六曲一双盛岡城下絵屏風」と「阿弥陀如来立像」が所蔵されているお寺です。また境内には「ムカデ姫の墓」と呼ばれる墓所があります。盛岡藩3代目当主であった南部利直公のところに嫁いできた「於武(おたけ)の方」は、南部毛に嫁いでくる際、昔先祖が大ムカデの退治に用いた矢を持ってきましたが、その於武の方がなくなると、次々と悪いことが起こります。これを人々は「矢に取り付いたムカデの怨念に違いない」と恐れ、やがて於武の方をムカデ姫、その墓所を、ムカデ姫の墓と呼ぶようになりました。

ちょっと怖い言い伝えのある観光スポットですが、この於武の方が嫁いだ南部利直公は「桜山神社」では神様としてこの盛岡の地を見守っていると思うと、怖さも吹き飛ぶことでしょう。利直公の奥方のお墓という意味でも、ぜひこちらに観光に訪れてみてください。

15. 龍谷寺

盛岡の桜といえば石割桜が有名ですが、桜の名所はもちろんそこだけではありません。この「龍谷寺」の枝垂れ桜(しだれざくら)「モリオカシダレ」もまた、石割桜同様、国の天然記念物に指定されている桜のうちの一つです。桜の開花時期は4月の中旬頃。石割桜のある盛岡地方裁判所ともそんなに離れていないので、観光する際はぜひ両方の桜の開花状況を確認して訪れてみてください。

またこの龍谷寺ですが、石川啄木の伯父、葛原対月が住職をしていた時期があり、啄木の両親が結ばれた地でもあります。また啄木自身もしばしばこの寺を訪れて、有識者であった伯父に詩歌の手ほどきを受けていたという記録が残っています。文豪とも関わりの深い観光スポットです。

16. ベアレン醸造所

五百羅漢像のある報恩寺よりさらに北、国道4号線沿いに進んでいくと、やがて緑色の屋根に大きな文字で「ベアレンビール」と書かれている施設を見つけることができます。このベアレンビールを製造する「ベアレン醸造所」は、盛岡市にあるビールのブルワリーです。ここでは、ドイツのビール醸造所で使われていた100年ほど前の設備を移築し、本格的なヨーロッパのクラシックビールを製造しています。今はヨーロッパでも徐々に使われなくなってきている珍しい設備で、日本でこれほど古い設備を使って作るビールは他にないとのこと。

直接訪れて工場見学をすることもできますが、場内の案内を希望をする場合や5名以上で観光に訪れたい場合などは、事前にホームページで申し込みをしてから観光に訪れるようにしましょう。珍しい醸造設備から四季折々に作られるビールはこちらの工場で直売している他ほか、見学ルームや外のガーデンスペースで樽ビールを飲むことも可能です。運転のことを気にせず観光したいという場合は、上盛岡から徒歩か盛岡駅からタクシーで向かうのが良いでしょう。また盛岡市内にも3店舗の直営店がありますので、他の観光スポットにお出かけの際に「ベアレン」の文字を見つけたら、ぜひ立ち寄ってみてください。観光のお土産が増えますよ。

17. 盛岡手づくり村

盛岡の名産品といえば、南部鉄器、南部煎餅、盛岡冷麺など色々なものが挙げられますが、なんとそれらの名産品に関する色々な体験ができる観光施設が、盛岡には存在します。その観光スポットの名前は「盛岡手づくり村」。内部は「手づくり工芸ゾーン」「盛岡地域地場産業振興センターゾーン」「南部曲り屋ゾーン」の3つのエリアに分かれており、盛岡の本物の職人さんたちが工芸品を作るのを間近で見たり、職人さんに教えてもらいながら、ものづくり体験をしたりすることができる観光スポットです。

また「南部曲り屋ゾーン」では、盛岡地域特有の建築様式であり、厩と家屋が一体となったL字型の家屋「南部曲り屋」を見学することもできます。まさに、盛岡の伝統をめいっぱい体験できる観光スポットなのです。施設の近くにはつなぎ温泉や御所湖などがあり、ほかの観光地とあわせてスケジュールを組み立てるのにもぴったりです。屋根のある施設でもあるので、雨が降っても大丈夫という強みも。家族でも、友達同士でも、もちろんカップルで行っても安心して楽しむことのできる観光スポットです。

18. 御所湖広域公園

「御所湖」は盛岡市の西部に位置する湖で、もとは北上川水系雫石川に建設された人工湖(ダム)です。湖の周りにはたくさんの運動場や広場などがあり、「御所湖広域公園」を形成しています。湖の美しい景観を望みながら、様々なスポーツを楽しめる観光スポットです。

4月から11月にかけては観光に適した季節で、多くの運動施設や湖を囲む豊かな自然にちなんだイベントが行われています。冬には湖は凍りついてしまいますが、シベリアから飛来した白鳥たちが、氷の張っていないわずかな部分に降り立って生活します。凍りついた池に羽を休める白鳥たちを見に観光に訪れる場合は、寒さ対策を完璧にしましょう。また湖畔からは、岩手山の雄姿をよく望むこともできるとあって観光客に人気です。凪いだ水面に映り込む岩手山の美しさもまた格別です。周辺には盛岡手づくり村やつなぎ温泉、小岩井農場などもありますので、それらとあわせて観光に訪れてみてください。

19. 志波城古代公園

出典:ja.wikipedia.org

平安時代初期、東北地方に住んで朝廷の支配に抵抗した蝦夷たちを従属させるために、征夷大将軍として坂上田村麻呂が朝廷より派遣されました。その坂上田村麻呂が、東北地方の統治のために作った役所のうちの一つが、今では観光地となっている、盛岡市内の「志波城古代公園」にある「志波城跡」です。外郭は840m四方の築地塀(ついじべい)と、928m四方の土塁を伴う大溝からなり、内部には政庁と役人たちが仕事をする官衙(かんが)などが置かれていました。

1970年代に東北自動車道の建設に伴う発掘調査で外郭の一部が発見され、1984年に「志波城」として国の史跡に認定、1990年代から盛岡市によって当時の建物の復元がなされ、現在の形となりました。この城柵ですが、日本の中央政府が築いた城としては、日本最北に位置します。築城がなされたのは歴史書によると西暦803年のことで、この前年の802年には、蝦夷の軍事的指導者だった阿弖流為(アテルイ)と母礼(モレ)が、坂上田村麻呂に降伏しています。歴史の教科書に載っている人物にも関わりのある土地だと思うと、ますます興味深い観光地です。

20. もりおか歴史文化館

盛岡を代表するお祭りといえば、馬を煌びやかな衣装とたくさんの鈴で飾り立てて行進する「チャグチャグ馬コ」、多くの人が一斉に和太鼓を叩きながら踊る「さんさ踊り」、そして300年の歴史を誇る行事で、華やかな山車が盛岡市内を練り歩く「盛岡八幡宮例大祭(盛岡秋祭り)」です。どれも観光客が多く訪れるイベントですが、中でも「さんさ踊り」は2014年には3437人が踊りに参加し、和太鼓同時演奏の世界記録として、ギネスブックにも掲載されています。どのお祭りも盛岡の季節の風物詩ですが、全てを一度に観光することはできません。しかし、盛岡にはそれらのお祭りがどんなものか一度に知ることの観光スポットが存在するのです。それが「もりおか歴史文化館」です。

館内は2階に分かれており、1階では盛岡三大祭りの紹介や盛岡の旬の観光情報、2階では盛岡藩の歴史や南部家にゆかりのある品々をみることができます。またこの「もりおか歴史文化館」は盛岡城跡公園の一角に建てられているので観光しやすいのもポイント。歴史文化館を見学して盛岡城や城下町盛岡のことを色々知ったのち、建物から一歩外に踏み出せば、すぐ目の前に広がるのは本物の盛岡城と盛岡城下町です。ここを訪れて盛岡市について少し勉強した後は、巨大なジオラマの中に直接繰り出して観光し、見て回る。そんな風に考えると、観光もより一層楽しめると思いませんか。

21. 岩鋳鐡器館

盛岡の南部鉄器は、17世紀の中頃、南部藩主が盛岡に職人を招いて茶釜を作らせたのが始まりです。以降この鋳物業は南部藩によって保護され、また盛岡近隣の土地からは鉄器を鋳るための材料となる鉱物もよく採れたこともあって、大きく発展を遂げてきました。「岩鋳鐡器館」は明治35年に創業してから110余年に渡って南部鉄器を作り続けてきた会社です。また南部鉄器を購入することができるほか、製造過程を見学することができる観光スポットでもあります。

鉄器と聞くと、なんだか重厚な色合いのものを思い浮かべる方もいるかもしれません。もちろんそうした昔からの形のものもありますが、実は今やそればかりではありません。フランスやドイツ、アメリカなどにも輸出される南部鉄器は、そのニーズに合わせ、様々な色や形に変化を遂げているのです。観光に訪れれば、南部鉄器ってこんなに綺麗な調理器具なんだ!という、驚きに出会うことができるでしょう。そして、観光のお土産にしたいものがまた一つ増えるはずです。また南部鉄器によって作られたコーヒーポットや急須からは、体に必要な栄養素である鉄分を吸収することもできるのだとか。観光とともに健康について考えることができるのも、食に関する器を扱うお店ならではの楽しみ方です。

22. 盛岡市動物公園

史跡が多く、観光するだけで歴史に関することを色々体験できる盛岡市ですが、中でも「盛岡市動物公園」は、動物達との触れあいが体験できる、子供達に人気の観光スポットです。園内はビクトリアコーナー、アフリカ園、そして日本生態園など、動物達が生息しているエリアごとに分かれており、約100種類ほどの動物たちが展示されています。年間を通じて多くの観光客が訪れます。ここでは希望の動物について飼育員の方にガイドをしてもらうことも可能。希望の場合は来園の1週間前までに申し込みをしましょう。

東北自動車道盛岡インターチェンジや盛岡南インターチェンジから40分。または盛岡駅からバスで行くことも可能です。かわいい動物達に会いに、ぜひ訪れたい観光スポットです。

23. 岩山公園

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「岩山公園」は、盛岡市内にある風致公園です。風致公園というだけあって豊かな緑に恵まれており、散策路も整備されて盛岡市民や観光客の憩いの場となっています。が、この岩山公園随一の観光ポイントは、それとはまた別のところにあります。この岩山公園一番の見所は、なんといっても「夜景」です。標高340.5mほどの小高い丘にある展望台からは、盛岡市街地や岩手山、八幡平、姫神山や早池峰山までを一望することができます。山々のシルエットが宵闇の中に徐々に埋もれていき、代わりに盛岡市街地の明かりがキラキラと浮かび上がってくる様子は、言葉では表現しきれない美しさです。

それもそのはず、岩山公園にある展望台から見下ろす盛岡の夜景は「日本夜景遺産」や「夜景100選」にも選ばれているというお墨付き。こんなロマンチックな情景を望むことのできる観光スポットだけあって、盛岡市内のデートスポットとしては随一の人気を誇ります。隣接する施設に盛岡私立動物公園や岩山パークランドがありますので、昼間はそちらを観光してから夜に展望台を訪れるのも良いでしょう。カップルで行くなら一番にお勧めしたい観光スポットです。

24. 啄木新婚の家

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盛岡市生まれの著名な作家といえば、一番に名前が挙がるのは石川啄木でしょう。その石川啄木が、結婚したばかりの妻と、啄木の家族と暮らしたのが「啄木新婚の家」です。1905年(明治38年)に処女詩集である「あこがれ」を出版した石川啄木は、その小さな成功を手に、帰京の途につきます。家では啄木の帰京を待って結婚式を挙げるべく準備がされていたのですが、一体途中に何があったのか、啄木はなんとその結婚式に姿を見せませんでした。結局、婚約者であった節子は一人でその結婚式に臨みます。その結婚式の場所もまた、この「啄木新婚の家」でした。

当時茅葺であった建物の屋根が葺きかえられているなど外観には多少の変化がありますが、概ね当時の状態のまま残っています。当時の様相を残す貴重な建物でもあり、また啄木の書や写真なども展示されています。無料で観光することができますが、夏と冬で開館時間が異なりますので、事前に確認してから観光に訪れてくださいね。

25. 石川啄木記念館

出典:ja.wikipedia.org

夭逝の詩人、石川啄木の出身地である盛岡市には、同詩人の記念館である「石川啄木記念館」があります。記念館である西洋風の建物は、啄木作の詩である「家」の中で理想としていた家を再現したものです。館内には直筆の書簡やノート、写真、衣服などの遺品が展示されており、文豪の生涯を辿ることができる観光スポットとして人気です。

記念館の外には、かつて啄木が通い、また代用教員として教鞭をとった旧渋民尋常小学校と、小学校の教員だった時に1階を間借りしていた旧斎藤家も移築されています。啄木の処女小説である「雲は天才である」は、この小学校をモデルに書かれているのだとか。同作を読んでから観光に訪れてみると、より一層、文豪の往時の気持ちに近づくことができるかもしれません。

26. 高松公園

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盛岡の治水工事として上田堤が作られたのは、盛岡城の築城の時期である1600年頃です。堤によっていくつか形成された池のうち、もっとも大きかった池が、現在の「高松の池」となっています。その後盛岡が市制化されると、この高松の池付近は公園化が進められるようになります。そうして現在の形に至ったのが「高松公園」です。

この高松公園ですが、桜、牡丹、菖蒲、バラなど様々な花の開花が楽しめます。盛岡市の桜といえば石割桜や龍谷寺のモリオカシダレですが、両桜が共に1本で名桜と讃えられているのに対し、この高松公園には千本を超える桜が植えられており、春の訪れと共に観光客の目を楽しませます。桜の景勝地として、1989年には「日本さくらの名所100選」にも選ばれました。また美しい景色を見られるのは春だけのことではありません。冬になると越冬地として、この池に多くの白鳥たちが飛来してきます。

27. 盛岡市先人記念館

盛岡にゆかりのある著名人は数多く存在します。「盛岡市先人記念館」は、その中でも特に、明治以降に活躍した盛岡ゆかりの先人たちを紹介している観光施設です。紹介されている先人たちの分野は様々で、「近代政治に尽くした人々」「教育に生きた人々」「文芸に生きた人々」など、全部で10の分野に分けられています。

石川啄木や宮沢賢治などの文豪はもちろん、首相であった原敬や米内光政、また教育者であり以前は五千円札の肖像ともなっていた新渡戸稲造、言語学や民俗学の学者である金田一京助など、あわせて130名もの先人たちの功績が紹介されています。特に米内光政、新渡戸稲造、金田一京助の三氏については記念館として1室ごとに展示がされている形となります。業績とともに人となりを知ることのできる資料なども展示されております。この人は実はこんな人だったのか、という新たな発見もできるでしょう。観光しながら勉強できるスポットです。

28. マリオス展望台

出典:奥野 路頼 / PIXTA(ピクスタ)

JR盛岡駅の西口地区には、20階建ての建物があります。建物の20階は展望台になっており、盛岡市内を360度見渡せるようになっています。それが、盛岡観光に外せない「マリオス展望台」です。盛岡市の各方向を見渡せるようになっているので、晴れていれば岩手山や姫神山などを望むことができます。他になにも遮るもののない岩手山の姿など、駅前でみることができるとは思えないような景色に出会うことのできる穴場観光スポットです。

また同じフロア内にはホテルメトロポリタン盛岡直営のレストランである、カフェテラススカイメトロが併設されています。11時から14時の間のランチタイムではリーズナブルなお値段でバイキング形式の料理を楽しむこともできます。観光中のランチにも最適ですね。どちらの施設も18時で閉まってしまいますので、夜に夜景を見に行く、ということはできません。観光はお昼のうちに訪れるようにしましょう。

29. 鉈屋町界隈

北山寺町通りと並んで、盛岡の由緒ある寺院や神社が立ち並ぶのが、「鉈屋町界隈」です。大慈寺は平民宰相と呼ばれた原敬の墓所であり、中国様式の山門が特徴的です。またこの大慈寺から湧き出た水は木管で鉈屋町まで引かれ、今なお生活用水としても使用されています。大慈寺の付近にある青龍水と並んで、平成の名水100選にも認定されています。

生活用水がある土地だけあって、昔から商人や職人が多く住んだ土地でもあり、今なお多くの町家が残る観光エリアでもあります。「盛岡まちなみ塾」は、盛岡町家と呼ばれるこの地域特有の町家を保全、利用する団体で、町家の維持を行うとともに、イベント会場や観光客への宿泊施設という形で貸し出しも行っています。せっかく盛岡観光に来たからには盛岡の昔ながらの雰囲気を存分に味わいたいという方には、まさにうってつけの施設でしょう。純然たるホテルという訳ではないので多少の制限などはありますが、観光と宿泊とを兼ねて、ぜひ挑戦してみてください。

30. 大慈寺

出典:髙橋義雄 / PIXTA(ピクスタ)

「大慈寺」の創建は1673年と言われています。その後、4代目盛岡藩主の娘である光源院が帰依したことにより寺領が追加され、現在の大寺院へと発展しました。またこの光源院が行った、水難事故者を供養する、川施餓鬼(かわせがき)が、盛岡市指定無形民俗文化財である「舟っこながし」という行事の原型となったと伝えられています。

この寺院は1884年、火災によって伽藍の大部分が消失してしまったのですが、のちに内閣総理大臣である原敬が再建のための援助をしており、首相その人も東京の大塚駅で暗殺されたのち、菩提寺であるこの大慈寺へと葬られています。山門は竜宮門と呼ばれる様式で、中国風の様相を呈しているのが特徴的です。このお寺を含めた周囲の一帯が環境保護地区となっており、昔の様子を今に伝える貴重なエリアとなっています。観光に訪れる人々に、静かに、しかし脈々と続く盛岡の歴史を感じさせてくれる場所でもあります。

31. 盛岡劇場

「文士劇」とは、プロの役者ではなく、作家や新聞・雑誌の記者などの文学者が中心となって演じる、いわゆるアマチュア演劇のことをさして言います。「盛岡文士劇」は、1949年に開始されたのち、13年後には一度中断しますが、1995年、盛岡市在住でかつて大河ドラマにもなった「炎立つ」の原作者である高橋克彦氏の企画により復活を遂げました。現在では日本で見ることのできる唯一の文士劇として盛岡市民や観光客から人気を博しています。

またこの盛岡文士劇が上演されている「盛岡劇場」ですが、もとは大正2年に建設された、東北地方では初めての近代的な演劇専用の劇場でした。その後時代の流れの中で一旦は姿を消しますが、1990年に盛岡市民の願いにより、かつて劇場があった場所と同じ場所に、新しい「盛岡劇場」が建設されました。大正2年は東京、丸の内にある帝国劇場が開場してから2年後にあたり、盛岡を代表する一つの施設として、当時花巻に住んでいた宮沢賢治も度々この劇場に足を運んだそうです。盛岡文士劇自体は年に一度、11月から12月にかけての土日に上演されます。チケットは販売を開始してからすぐに売り切れてしまうほど人気なので、観たい場合は観光する前に必ず席を取りましょう。

32. 十六羅漢像

江戸時代、盛岡藩では4度の大きな飢饉がありました。祗陀寺の14代和尚であった天然和尚は、そのことを嘆き、盛岡の住民らから喜捨を募って、21体の石仏を建立しました。それが現在盛岡市内にある茶畑児童公園、通称ラカン公園と呼ばれる公園内に設置されている、「十六羅漢像」と「五智如来」の石像です。

石像は13年の時をかけて作りあげられ、当時祗陀寺の末寺であった、宗龍寺の中に配置されました。現在、宗龍寺は祗陀寺に併合されて廃寺となった上、1884年の大火でお寺そのものも燃えてしまったので、お寺の跡地である公園に21体の仏像のみが残っている形となります。盛岡八幡宮や大慈寺などの観光エリアとも近いので、ぜひそこから足を伸ばして、お寺の跡地らしいもの静かな空気の中に佇む如来様や羅漢様のお姿を、見に行ってみてください。

33. もりおか町家物語館

「町家」というのは民家の一種で、主に商人などが住む、店舗が住居に併設されている建物のことを指して言います。地域によって町家にはそれぞれ特徴がありますが、「盛岡町家」の特徴は、仕事場である家の中心にあたる部分が吹き抜けになっていて、大体の場合大きな神棚が設置されていることです。これは、家の中心である部分に二階を作らず、主人を足下にしない、また出世を妨げない、などの意味があるといわれています。

「もりおか町家物語館」は、こうした町人たちの居住空間のほか、蔵や路地空間などを展示している観光施設です。昔の風景を切り取って現代に持ち込んだかのようなこのエリアには、全部で4つの建物があり、それぞれその建物で盛岡にゆかりのある資料の展示などを行っています。建物のうちの一つである浜藤(はまとう)ホールは、かつて実際に酒蔵として、江戸末期から明治にかけて酒造りが行われていた場所でもあります。館内には鉈屋町界隈の観光情報なども置いていますので、まずは盛岡町家物語館を訪れて情報収集してから、観光を開始するのも良いでしょう。鉈屋町界隈を見て回るにあたり、最初に訪れるのにぴったりの観光施設です。

34. 円光寺

出典:髙橋義雄 / PIXTA(ピクスタ)

盛岡市出身で内閣総理大臣を勤めた人物のうち、第37代首相であり、また徹底して反戦を主張した人でもあったのが米内光政氏です。その米内光政氏の菩提寺でもあるのが、盛岡市内にあるこの「円光寺」。お寺が開かれたのは江戸時代の寛文年間(1661年〜1673年)ですが、本堂、山門、鐘楼はその後の元禄年間(1688年〜1703年)再建されたという記録が残っており、盛岡市の保存建築物に認定されています。また創建時された頃に本堂手前に植えられたと見られるカツラの木は今なお青々と枝葉を伸ばしており、こちらも盛岡市の指定天然記念樹に認定されています。雌雄一木ずつであることから、夫婦(めおと)かつらという名前で呼ばれていて、観光客が訪れるスポットです。

これだけでも観光要素が十分に満載されている場所ですが、円光寺にはこのほかにも、キリシタンとして捕らえられ処刑された父親の回向を願って寺を訪ねた、お蓮という女性の物語とその父の首塚も残っています。お寺という静かな場所ながら、多くの時代に関係のある魅力的な観光スポットでもあるのです。

35. 木津屋本店

盛岡市の「木津屋本店」は、1600年代に創業した古い商家です。現在の建物は1834年に建てられたもので、町家建築のひとつとして岩手県の指定有形文化財に指定されています。江戸時代に幾度かあった大火で類焼にあっていますが、1834年に建物が再建されたのちに、現在の防火対策を意識したものになりました。また建物以外でも多くの防火のための道具を用意し、1884年にあった大火では、実際にこの木津屋本店のところで延焼が食い止められたそうです。

またこの建物ですが、実は現在も会社の事務所として使用されています。実際に会社として機能しているため内部の観光はできない形となりますが、大火から町を守った価値ある建物として、ぜひ訪れてみていただきたいスポットです。

36. あさ開

美味しいお酒を作るための条件は、美味しい水と米があるということです。その両方を兼ね備える岩手県で、美味しいお酒が作られないわけがありません。岩手県で有名なお酒といえば、なんといっても「あさ開(あさびらき)」です。

盛岡市に本社を置く「あさ開」は現在、昔ながらの方法による「手作り工程」と、新鋭設備による「近代工程」の二つの方法で造酒を行っています。またその酒造りの工程を観光客が見学することも可能です。見学したのちには無料での試飲ができますので、日本酒が大好きという人にも、これから挑戦したいという方にも、ぜひとも訪れていただきたい観光スポットです。もちろん購入もできますので、運転される方は、観光のお土産として購入しましょう。南部藩が産した南部杜氏の醸すお酒、ここあさ開にて、ぜひご賞味ください。

37. 原敬記念館

日本の歴代首相の中で、岩手県出身の首相は4名います(東京生まれですが、祖父、父ともに南部藩に仕えた東条英機も含めると、5名となります)。そのうち、一番最初に首相になったのは代19代首相である原敬首相です。「原敬記念館」は、その19代首相である原敬の生家に隣接して作られた記念館であり、盛岡市の観光スポットです。

爵位を固辞した首相であったことから、歴史の教科書には「平民宰相」の呼称で記載されることもある原敬。「原敬記念館」では、その業績や、当時の政界の様子を知ることのできる貴重な資料であり、原敬本人が記した「原敬日記」、また同氏の遺品、遺墨などを見ることができます。また氏の生家を観光することもできますが、こちらの開館日は4月から10月の毎週土日・祝日となります。首相の生家などは滅多に観光できる場所ではありませんので、ぜひ開館期にタイミングを合わせて訪れてみてください。

38. 岩手大学ミュージアム

岩手大学は、1949年に岩手師範学校、岩手青年師範学校、盛岡農林専門学校(旧盛岡高等農林学校)、盛岡工業専門学校(旧盛岡高等工業学校)が合わさって設置された国立大学です。 旧盛岡高等農林学校は、かつて宮沢賢治が卒業した学校でもあります。

大学の中に観光できる場所なんてあるの?と疑問に思われるかもしれませんが、実はキャンパス内に「岩手大学ミュージアム」があり、大学の研究成果の展示室として誰でも自由に入館することが可能になっているのです。しかもこの建物、なんと旧盛岡高等農林学校の図書室として1903年に建設された歴史ある建物でもあるのです。盛岡観光のついでに宮沢賢治も度々訪れたという場所に来て、ぜひ文豪の学生時代を追体験してみてください。

39. 光原社

出典:ja.m.wikipedia.org

宮沢賢治の生前に出版がされた童話集は「注文の多い料理店」のみです。その童話集を発刊したのが、ここ盛岡市にある「光原社」でした。「光原社」の創業者である及川四郎は盛岡高等農林学校で宮沢賢治の後輩で、この社名も宮沢賢治によって名付けられたそうです。その後この光原社は徐々に業態を変えていき、現在は日本全国の工芸品を扱うお店となっています。

光原社本社がある材木町には、本社の他にマヂエル館、可否館、いーはとーぶ館、モーリオ、カムパネラなどの建物があり、それぞれに扱っている商品が異なります。またマヂエル館は宮沢賢治に関する資料の展示、いーはとーぶ館では工芸に関する催事なども行われています。それぞれの建物の名前が宮沢賢治の作品にちなんだ名前となっており、まるで作品の世界に入り込んだような気分で観光することができるでしょう。可否館は飲食店になりますので、光原社内を観光しながら一息つくのにもぴったりです。宮沢賢治に倣って盛岡市を「モーリオ」などと呼びながら、のんびりした時間をお過ごしください。

40. 岩手県立博物館

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盛岡が歴史のある土地であることは分かったけれど、それなら一体どれぐらい前の時代まで遡ることができるの?という人へ。そんな探究心のある方は、ぜひこの「岩手県立博物館」を観光することをお勧めします。岩手県立の博物館ですので、展示しているものはもちろん、盛岡市内だけのことにとどまりません。岩手県全体の地質、考古、歴史、民俗、生物の各分野に関する展示がなされています。岩手県から見る盛岡市がどういったものであるかも、確認することができるでしょう。

また屋外のエリアには、岩手県内に自生する植物などを展示した植物園や、49種類もの岩石を展示している岩石園、また他市町から移築した曲り屋(まがりや)と直屋(すごや)も展示しています。博物館の場所としては南部片富士湖の近くにあり、丘の上に位置しているため、敷地内からは美しい岩手山を望むこともできます。博物館内を観光するだけでなく、岩手山の雄姿も忘れずにチェックしてみてください。

41. プラザおでって

盛岡弁で「おいでください」というのを「おでってくなんしぇ」と言います。その方言から名前をとったのが「プラザおでって」という観光施設です。施設の内部には盛岡の特産品の販売や喫茶施設があるほか、2階には観光文化情報プラザがあり、外国人も含めた観光客への広域観光情報を発信しています。こちらで観光情報のパンフレットの入手や、インターネットを使用しての観光情報の検索をすることが可能です。またこの6階には、「盛岡てがみ館」という施設も併設されています。ここには盛岡市に縁故のある先人たちの書簡や書物の原稿、日記などの貴重な資料が展示されています。

盛岡駅からは2キロ程度の距離になりますので、観光にはバスで行くのが便利です。盛岡駅から「盛岡バスセンター行き」もしくは「盛岡都心循環バスでんでんむし左回り」に乗り、「ななっく・盛岡バスセンター前」にて下車しましょう。観光情報の入手のみならず観光自体も楽しめるこの施設、ぜひ「おでってくなんしぇ」。

42. 岩手県立美術館

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「岩手県立美術館」は、盛岡駅から西の方、雫石川を越えた大きな公園内にある美術館です。2001年にオープンした美術館で、萬鐵五郎、松本竣介、舟越保武など、岩手県出身の作家の作品を中心として所蔵、展示しています。多くの観光客が訪れるスポットです。

昨今活躍中のアーティストの作品の展示もしており、定期的に行われているイベントでは美術館の学芸員の方や、なんと芸術家の方ご本人が作品の解説することもあります。他にも、ワークショップやコンサートなど、芸術とふれあったり直接体験したりできるプログラムもたくさん用意されていますので、お子様と一緒に家族で訪れるのにも最適の観光スポットと言えます。企画展のチケットで常設展示も見ることができますので、たっぷり時間をとって、ゆっくり観光して回りましょう。

43. 盛岡市遺跡の学び館

盛岡市で人間が暮らしていた時代を遡っていくと、なんと旧石器時代までたどり着くことができます。盛岡市内で見つかったもっとも古い人類の痕跡は約1万3000年前の地層から発見されたもので、盛岡市内の小石川遺跡という遺跡から槍の先端につける尖頭器が見つかっています。

またその後も人が生活していた痕跡は色々な時代から出土しています。「盛岡市遺跡の学び館」は、そうした盛岡市内の遺跡から出土した考古資料の展示を行っている観光施設です。旧石器時代や縄文時代から中近世にかけての広い時代の遺跡に関する資料について見学することができる他、盛岡を代表する縄文時代の大集落である「大館町遺跡」の発掘調査現場を実際の発掘成果を元に復元した「遺跡ディスカバリー」などの展示もあり、訪れる観光客の興味を誘います。様々な考古資料を見ることができる他、体験学習として勾玉作りや土器作りをすることもできます。子供も大人も楽しめること請け合いの観光スポットです。

44. 姫神山

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まるで岩手山と相対するように聳える「姫神山」は盛岡市内にある独立峰です。標高は1123.8mで、美しく裾野をひくその姿は、雄々しい姿の岩手山に対して穏やかな印象を受けます。平安時代初期、坂上田村麻呂が盛岡付近を訪れた時、立烏帽子神女(たてえぼしひめ)をお祀りしたことからこの名前がついたと言われています。毎年5月に山開きが行われ、スズランの名所としても観光客に知られています。

登山をする場合、登山道はいくつかありますが、もっともメジャーなのは姫神山一本杉登山口から登るルートです。人によって差はありますが、1時間半程度で頂上にたどり着くことができるでしょう。山頂からの眺望は抜群で、晴れていれば岩手山や早池峰山、秋田県境の山々の姿までも望むことができます。その景観の美しさで、観光の疲れなど一気に吹っ飛んでしまいます。盛岡市では子供からお年寄りまで登ることのできる山として親しまれていますが、そこはやはり山登りのこと。岩場などもありますので、観光気分でふらりと、ではなく、山登りの準備をしっかり整えてから登山に臨みましょう。

45. 南昌荘

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「南昌荘」は、明治18年(1885年)に建てられた、盛岡市の庭園です。盛岡出身の実業家、瀬川安五郎が1884年にあった大火の折に自宅を失い、その後に自宅として新しく建てたのがこの建物でした。その後何人か持ち主を変え、その時々で様子を変えながら、現在の姿に至っています。

いわて生活協同組合が1987年にこの邸宅を購入したのち、2000年の4月から一般に公開がされるようになりました。毎年たくさんの人が観光に訪れて、日本の庭園らしい四季の移ろいを楽しみます。心休まる場所として、リピーターになる観光客も多いのだとか。また建物は2007年に放映されたNHKの朝の連続テレビ小説『どんど晴れ』の中で、女将の部屋のセットの参考にもされています。観光に訪れた方の中には、見覚えがあると思われるかたもきっといることでしょう。ドラマの中に入り込んだような気持ちで、庭園内を観光してみると良いでしょう。

46. 岩洞湖

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「岩洞湖(がんどうこ)」は盛岡市の北部の方に位置する人口湖(ダム)です。盛岡市内からは、国道455線を車で1時間ほどかけて観光に行く形となります。盛岡市内から比較的近く、また湖の周りにはキャンプ場やレストハウスなどもあるため、夏や秋の紅葉シーズンには、多くの観光客が訪れてます。しかしこの湖、観光を楽しめるのは夏の間のことだけではありません。「岩洞湖」の本領は、冬にこそ発揮されるのです。

冬の湖なんて観光できないのではと疑問に思われるかもしれません。が、実は寒いからこそ、楽しめるアクティビティがあります。実はこの岩洞湖、冬の間は「わかさぎ釣り」のメッカなのです。冬の間、湖面には氷が張ります。分厚い氷なので、人が乗っても割れることはありません。その氷にドリルで穴を開けて釣り糸を垂らし、ワカサギを釣ることができるのです。ドリルなんて持ってないよ、という方も大丈夫。湖畔にある「岩洞湖レストハウス」では、釣り道具の貸し出しを行っています。氷の上で待機できるほど防寒具を着込みさえすれば、道具をレンタルしてワカサギ釣りをすることができるのです。寒い岩手県の冬らしい観光スポット、耐寒装備をばっちり整えてお出かけください。

47. 一ノ倉邸

「一ノ倉邸」は、明治40年ころに作られた庭園と建物で、盛岡市の保護庭園に指定されている観光スポットです。庭園と建物を建設したのは、盛岡市出身で東京府知事にもなった政治家の阿部浩氏。その後持ち主が一の倉氏に移ったものを、さらに現在盛岡市が取得した形となります。庭園はとても広くて敷地は約2600坪にもなり、観光客が多く訪れます。建物は約145坪の木造平屋建で、材料がよく選定され、しっかりした作りをしているのが特徴的です。

庭園内に植えられている木は東京から移植されたという紅葉が中心で、それにアカマツなどの針葉樹が加えられています。またこの庭園内ですが、「中尊寺ハス」を見ることができることでも有名。中尊寺ハスとは、昭和25年、奥州藤原氏の藤原泰衡の首桶から見つかったハスを、平成10年に開花させることに成功したものです。2011年に起こった東日本大震災のおり、復興を願って、そのハスが保護庭園である一ノ倉邸に株分けされました。この庭園ですが、大きいながら入園料は無料となります。ハスの花が開花するのは7〜8月頃となりますので、ぜひそのタイミングを狙って観光に訪れてみてください。

48. 岩手県公会堂

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「岩手県公会堂」は、大正12年、当時まだ皇太子であった昭和天皇のご成婚を記念して盛岡市に建設された建物です。実際に起工されたのは大正14年(1923年)、それから4年の歳月をかけ、昭和2年に竣工されました。それから後、所々に改修・復元工事が行われながらも、概ね当時の様相を残したまま、現在に至ります。アールデコ様式の意匠などが、今もなお公会堂の建築者の設計した時のまま確認することができ、2006年には国の登録有形文化財に登録されました。

この公会堂の設計者は、元・早稲田大学建築学科主任教授であった佐藤功一博士です。同氏の代表的な建築といえば早稲田大学の大隈記念講堂や日比谷公会堂で、特に日比谷公会堂は岩手県公会堂の2年後に竣工し、この岩手県公会堂とよく似た形をしています。観光する際には二つの建物を比較してみても、色々な発見をすることができるでしょう。また建物内には、昭和28年に開店したレストラン「公会堂多賀」が併設されているので、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

49. 五葉社

「五葉社」は昭和12年の創業で、こけしやチャグチャグ馬コ、また無彩色のこけしのような形で頭の部分が動く「南部キナキナ」など、盛岡の伝統的な木工製品を製造するお店です。

木の香りのする工房の中を覗けば、中にあるのは沢山の木材と、その材料から掘り出されたこけしの原型や絵付けをされたこけしたち。工房自体では主にこけしの製造が行われていて、その製造過程を見学することができるほか、絵付けや木工の製作を体験プログラムも行われており、観光に訪れた人が盛岡に昔から伝わるこけしやチャグチャグ馬コの木工を製作することも可能です。ホームページに申し込みの項目がありますので、あらかじめそちらに申し込んでから観光に訪れるようにしましょう。

50. 米内浄水場

出典:PIXTA(ピクスタ)

「米内浄水場」は、昭和9年(1934年)に完成した、盛岡市の最古の浄水場です。歴史あるこの浄水場は価値ある建物として、場内にある水道記念館とともに、1999年に国の有形文化財に登録されました。ただし、2016年11月現在、水道記念館は東日本大震災の影響で改装中となっており、見学することはできません。

建築物として価値のあるこの施設ですが、実は観光するポイントがもう一つあります。この米内浄水場、盛岡市内では有名な桜の観光スポットでもあるのです。場内に植えられているのはヤエベニシダレヒガンザクラで、約30本ほど植えられている木々は、県の指定保存樹木に認定されています。観光に最適の時期は4月の終わりから5月の中頃。開花の期間中には特別に浄水場の一般公開もされますので、県の内外から沢山の観光客が訪れます。最寄り駅はJR上米内駅で、そこから徒歩3分ほどの場所になります。期間限定の観光地となりますので、タイミングが合った時には絶対に訪れたい観光スポットです。

◎まとめ

長い歴史をもつ盛岡市は、このほかにもまだまだ沢山の観光スポットがあります。石川啄木が作品中で「美しい追憶の都」と呼び、「みちのくの小京都」とも称される盛岡市。一年を通して楽しめるグルメや観光スポットがあるので、友達やご家族との観光旅行で訪れるのにうってつけですね。盛岡の豊かな自然と歴史の長さを存分に感じながら、ぜひ、色々な場所を観光しに尋ねてみてください。

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