西南戦争の激戦地!古戦場「田原坂」観光で激動の明治を学ぶ旅

画像出典:ミポリン&Y / PIXTA(ピクスタ)

西南戦争の激戦地!古戦場「田原坂」観光で激動の明治を学ぶ旅

田原坂は、明治初期に起きた日本最後の内戦である西南戦争(西南の役)において、最大の激戦地となった場所です。周辺には、当時から変わらずに残されている史跡も数多く存在します。現在、坂の頂上には田原坂公園があり、資料館での展示や当時の写真を元に再現した建屋などで、今もその歴史を伝えています。自然も豊かで、美しく咲く桜やツツジが見られることでも有名です。田原坂公園は2013年3月に西南戦争遺跡の一部として、国の史跡にも指定されました。今回は、田原坂の歴史に触れられるおすすめの観光スポットをご紹介します。

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西南戦争の激戦地!古戦場「田原坂」観光で激動の明治を学ぶ旅

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田原坂の戦いについて

大砲のレプリカ

出典: ユフォト / PIXTA(ピクスタ)

田原坂の戦いは、日本国内での最後の内戦となった西南戦争(西南の役)において、最大の激戦地であったとされる田原坂にて行なわれた戦のことを指します。
西南戦争は、1877年(明治10年)に西郷隆盛が盟主となり、現在の熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県で繰り広げられた、士族による武力反乱です。明治初期に起きた武力反乱の中では最大規模と言われており、鹿児島では丁丑戦として語られています。

田原坂は加藤清正が熊本城の防衛に欠かせない要所として、あえて平地や谷間などの通行しやすい場所には道を通さず、通行が困難な坂に道を通したと言われています。小丘陵で標高もさほど高くはなく、地形的には天険というほどではありませんでしたが、蛇行する箇所が多く見通しも悪かったため、防御に適した地形でした。

当時、大砲を引いて通れるほどの道幅があるのはこの田原坂だけだったため、攻め入る側は苦戦を強いられたようです。壮絶な激戦を幾度も繰り返しましたが、結果として政府軍は田原坂を抜くことができなかったと言われています。

熊本市田原坂西南戦争資料館

弾痕の家

出典: Ren / PIXTA(ピクスタ)

熊本市田原坂西南戦争資料館は、「近代日本の夜明けを学び伝える歴史学習施設」をコンセプトとしています。館内には西南戦争に関する様々な展示物があり、西南戦争と明治時代の歴史について詳しく知ることができます。当時の写真や映像、実際に使用された武器などが幅広く展示されているため、歴史が好きな方からも好評です。日本の歴史的にも重要な場所とされています。

館内に入ると、まずは西南戦争前後の年表など、基本的な資料展示から始まります。写真やパネルも多く使われており、西南戦争について順序立てて理解できるように、わかりやすく展示されているところが魅力です。
体感展示シアターでは、実際の田原坂で撮影し、音や振動、ジオラマなどの技術を駆使して編集された、臨場感あふれる映像を見ることができます。当時の戦を忠実に再現した映像で、その様子をリアルに体感することが可能です。
実際に戦で使用された銃などの武器や、田原坂周辺で発見された弾丸も展示されています。実物を見ることで、西南戦争に関する学びをより深めることができます。

入館料は高校生以上の一般が300円、小・中学生が100円です。20名以上の団体の場合は、一般240円、小・中学生80円です。(※記載の価格は2020年2月16日現在のものです)
開館時間は午前9時から午後17時まで、入館は午後16時30分までの受付となっています。

交通アクセスは、電車だとJR鹿児島本線田原坂駅から徒歩約30分程度です。タクシーの利用をお考えの場合は、JR鹿児島本線木葉駅で下車し、木葉駅からタクシーに乗れば約10分ほどで到着します。バスを利用する場合、九州産業交通バス停の鈴麦または境木で下車します。どちらもバス停から熊本市田原坂西南戦争資料館までは徒歩約20分程度です。無料駐車場もありますので、車で行くことも可能です。

弾痕の家

田原坂公園・田原坂資料館 弾痕の家 (熊本市北区)

出典: Kumako / PIXTA(ピクスタ)

熊本市田原坂西南戦争資料館の近くには、当時の土蔵を復元した弾痕の家があります。西南戦争当時、田原坂の頂上にあった松下彦次郎家の土蔵です。当時の写真を元に、戦の爪痕をそのまま復元した土蔵は、田原坂の戦いがいかに激戦であったかを伝えています。西南戦争を知る上で重要な建屋です。

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