呼和浩特

呼和浩特

呼和浩特は中国文明の発祥地の一つでもある観光地です。秦王朝の趙武霊王は雲中郡を置きました。中国民国では綏遠省の省都となり、モンゴルとの合併後は、内モンゴル自治区の区都になりました。呼和浩特の街は「帰化城」と「綏遠城」の街を清の末期に合わせたもので、かつては「帰綏」と呼ばれていました。やがて、1954年にモンゴル語で「緑の都市」を意味する呼和浩特(フフホト)に改名したのです。