人気沸騰の予感!見所満載ウクライナの観光スポット18選

画像出典:Tamara Volodina

人気沸騰の予感!見所満載ウクライナの観光スポット18選

ウクライナは東ヨーロッパに位置する国であり、ロシア、ハンガリー、ポーランドなどの国に囲まれ、南は黒海に面しています。青と黄色のシンプルな国旗は青空と豊かな穀物がなる大地を表しているそう。

ウクライナは、ヨーロッパの真珠と呼ばれるほど美しい国ってご存知でしたか?紅葉や古い教会、石畳の道などロマンティックな町並みは心を奪われるほど美しいと言われています。歴史的な建造物が立ち並ぶリヴィウ、母なる町と呼ばれるキーウ、黒海沿岸のリゾートと貿易港として栄えた要素を兼ねるオデッサなどその美しさも町ごとに異なります。

そんなウクライナを旅するなら見逃せない定番スポットを厳選しご紹介します!

目次

人気沸騰の予感!見所満載ウクライナの観光スポット18選

目次を閉じる

1.ポーランドとウクライナのカルパティア地方の木造教会群

ポーランドとウクライナのカルパティア地方の 木造教会群

出典: Damian Pankowiec

ウクライナ西部とポーランドにまたがるカルパティア地方には、点在する木造教会(ツェルクバ)があり、そのうちの16棟(うち半分の8棟がウクライナ)が2013年ユネスコ世界遺産となりました。自然遺産ではなく文化遺産で国境を越えることは初めての登録となりました。

16〜19世紀に東方正教会とギリシャ正教会の信者のコミュニティにより建設されたツェルクバは丸太を水平に組み上げていく「水平丸太組み技法」と言われる独特の建築方式で建てられています。東方正教会の個性的な建築様式とカルパティア地方の伝統の要素が混ざり合い、信者達が信じている宇宙進化論のイメージが存分に反映されています。 ウクライナ側の教会は、ドロホブィチの聖ゲオルギオス聖堂、天使首ミハイル会衆聖堂、至聖三者聖堂が有名です。

現在は教会はもちろんのこと、博物館として使用されている教会もあります。貴重な木造建築の教会は見る価値ありの観光地ですよ!

2.恋のトンネル

恋のトンネル ウクライナ

出典: GoodMan_Ekim

ウクライナ西部の小さな町、クレーヴェンとオルツィヴを結ぶ鉄道に地元で「ザ・トンネル オブ ラブ(恋のトンネル)」と呼ばれる草木が生い茂る緑のアーチがあります。 映画『クレヴァニ 愛のトンネル』の撮影場所として地元の人達に有名になり、今では世界中からカップルが訪れるパワースポットとなりました。

一見廃線と見られがちなのですが、1日に3回ほど地元の工場へ向かうため木材運搬用の私鉄が通っています。そのため列車が通るたびに木の葉が落とされこのようなトンネル状になりました。そしてこのトンネルには伝説があり「カップルが手を繋いで歩くと永遠に結ばれる」「電車が通る時にキスをすると願いが叶う」のだとか。

季節ごとに雰囲気も変わり、秋には緑の草木が紅葉し、また違った表情が見れるこのトンネル。あまりにも幻想的なので本当に願いが叶いそうです。世界一ロマンティックなトンネルといっても過言ではないでしょう。

3.ケルソネソス・タウリケの古代都市とその農業領域

出典: Gooddenka

クリミア半島のセヴァストポリ近郊に世界遺産、ケルソネソス・タウリケの古代都市とその農業領域があります。この世界遺産はセヴァストポリ近郊に残る古代都市遺跡と周辺に残る農業遺跡からなる合計8つの構成で2013年にユネスコの世界遺産となりました。

ケルソネソス・タウリケは紀元前5世紀にドリス人が築き上げた植民都市であり、ケルソネソスの遺跡は「ウクライナのポンペイ(イタリア・ナポリ近郊にあった古代都市遺跡)」とよばれ、かつてはウクライナの紙幣に採用されていました。

一般の住居は都市の建築当初のものから、ビザンツ帝国時代に至るまで、様々に時代の住居が出土し、ワインの醸造屋の家なども発掘されました。 今もなお残る古代の景観は珍しい世界遺産とされています。ケルソネソスに残る農業区画跡は世界的にも希少なもので、古代農業研究にとって重要な資料となったのです。

4.スワローズネスト

出典: vitaliy92

ウクライナの首都キーウから約900kmの黒海の中心部の岬、クリミア半島にスワローズネスト(ツバメの巣城)があります。 城と言ってもサイズは小さく高さ22m、羽場10mとコンパクトな建物が40mもの断崖絶壁に張り出し、今にも落ちそうな様子で立っています。正に本物のツバメの巣があるような場所に城もそびえ立っているのです。

元々は、木造のコテージだったそうで1985年にロシア人将官により建てられました。月日を経て、オーナーが幾度となく変わり、1911年に石油産業で進出をしていたドイツ人貴族により今のお城の姿にかわりました。 1900年初め頃にはレストランとなっていたそうなのですが、1900年半ば頃には地震により崩壊し、中には入れなかったようです。

現在はレストラン営業を行なっているため、優雅に黒海を眺めながらの食事を楽しむことができます。

5.聖ソフィア大聖堂

聖ソフィア大聖堂 (キーウ)

出典: vvoe

ウクライナの首都であるキーウの中心に位置する聖ソフィア大聖堂。1990年に世界遺産に登録されました。建設されたのは今から1000年ほど前の1017年または1037年に、キーウの大公国のヤロスラウ大公によってペチェニーヒの大軍に大勝利をしたことを記念して建てられたと言われています。大聖堂は11~13世紀半ばまでルーシの大司教の座、大公たちの即位、結婚式、葬式の場所、異国の使節団との接待の場所として重要な役割を果たしていました。また、ルーシ初の図書館と大学が置かれました。

大聖堂は中世ヨーロッパ建築の中でも最も大きい建物のひとつと言われており、広さ54m、長さ41mの大きさでした。聖堂内は美しい色彩で装飾されており、石やガラスなどを埋め込んで模様を表すモザイクの手法やフレスコ画は11世紀当時のオリジナルという、とても素晴らしいものです。キーウを訪れたら外せないウクライナの観光スポットです。

6.キーウ・ペチェールシク大聖堂院

キーウ・ペチェールシク大聖堂院

出典: Miriyan Panteleev

聖ソフィア大聖堂とともに1990年に「キーウの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群及びキーウ・ペチェールシク大聖堂院」の一部として世界遺産に登録されている、キリスト教の大修道院です。ロシアやウクライナが含まれる東スラヴという地域では最も古い修道院でもあり、敷地内には大聖堂、博物館、地下墓地などが備わっています。また「大修道院」という名を持つ重要な修道院でもあります。

見所はなんと地下洞窟!そこには多くの修道士たちが眠り、実際にミイラ化した修道士の一部が棺桶から出ている様子を見ることができます。地下の入り口ではロウソクを買い、狭い道を迷路のようなに進んでいきます。ガイドをつけると各ミイラの生前を説明してくれます。

また高さ、100m近くある大鐘楼は当時のキーウで最も高い建物だったそうです。階段をぐるぐる回って登りきった頂上からの景色はおすすめです。黄金に輝く屋根の大聖堂などを一望できる観光地です。

7.リヴィウ歴史地区

出典: tunart

ウクライナの古都リヴィウ歴史地区は、ルーシのガリツキー公によって13世紀に作られました。14世紀以降はポーランド、オーストリアなどの支配下に置かれ西ヨーロッパの影響を強く受けたことから、美しい文化や街並みが根付きバロック様式の教会、石畳の歩道が敷かれた街並みはヨーロッパの真珠とも呼ばれています。

リヴィヴに住む人々によって大切に保存されてきた、建物は歴史的にも価値があるものが多く、1993年には世界文化遺産に指定されました。街の中には博物館も多く、宗教芸術の博物館、1735年に創業した街最古の薬局にある薬局博物館、主に16世紀の武器を集めた博物館などリヴィヴの歴史を大いに学べる環境が備わっています。

8.シュトルーヴェの測地弧

シュトルーヴェの測地弧 ウクライナ

出典: Zysko Sergii

2820mにもおよぶシュトルーヴェの測地弧は1816~1855年にかけてドイツ出身のロシアの天文学者「フリードリヒ・フォン・シュトルーヴェが中心となり子午線弧長の三角測量のために設置された三角点群のことで、地球の大きさなどを測る上でとても重要なものでした。

234箇所もの測量点があり、そのうちの34箇所が世界遺産に登録されました。また、ウクライナ・ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシア・エストニア・ラトビア・リトアニア・ベラルーシ・モルドバの10ヶ国もの国境をまたぐ珍しい世界遺産でもあるウクライナの観光スポットです。

9.ブコビナ・ダルマチア府主教の邸宅

出典: klug-photo

ウクライナのツェルニウツィーに残る建造物群で2011年、世界遺産(文化遺産)に登録された観光スポット。

ブコビナがオーストリア帝国に属していた1864年から1882年にかけ、チェコ人建築家のヨセフ・フラヴガの設計によりブゴビナ府主教たちの住居や聖堂、修道院などが建てられました。当時栄えた東方正教会の影響力の大きさを伝え、様々な時代の建築様式が盛り込まれた歴史主義建築の傑作であると言われています。

現在はチェルニウツィー大学の一部として利用されています。敷地内には邸宅だけではなく、大きな中庭、修道院、聖堂などが含まれていて、迫力のある建造物群です。

10.ウラジーミル聖堂(聖ヴォロディームィル大聖堂)

出典: ShevchenkoAndrey

首都キーウに位置するウクライナ正教会の聖堂であるウラジーミル聖堂。19世紀末にネオビザンチン様式で建築された比較的新しい建物です。ソ連時代も、閉鎖されずミサが行われていました。

キーウ大学の近く、ビジネス街とも思える一角に佇む外観は、可愛らしい淡い黄色で塗装され、屋根には黄金のドームが付いています。内部の壁画には、ビクトル・バスネツォフ、ミハイル・ブルーベリをはじめ、自然の美しさなどを写実的に表すロシアの移動派の画家たちが描いた美しいフレスコ画でよく知られています。他の聖堂と一味違った様々な宗教画は必見の観光スポットです。

11.聖アンドリーイ教会

出典: tomch

ウクライナ独立正教会に属し、1747年にイタリア人の建築家バルトロメオ・ラストレッリによって建築されました。

教会の名前は、ウクライナの地で初めてキリスト教を伝えたとされる使徒アンドリーイに由来しています。

首都キーウにあるアンドリーイ坂の途中に教会は位置します。大きな教会が多い中、比較的小さいですが、左右対称なシンメトリーな教会はウクライナ内でも美しい教会と言われています。全体的に青でまとめられた、外観はバロック様式、内部はロココ様式の設計です。

教会に続く坂道にはカフェやレストラン、お土産屋が出ており、歩いているだけでも楽しめます。

12.聖ミハイール黄金ドーム修道院

聖ミハイール黄金ドーム修道院

出典: Marianna Ianovska

キーウのシンボルにひとつとも言われる聖ミハイール黄金ドーム修道院。大公家の守護天使ミハイール(ミカエルのウクライナ読み)にちなんでミハイール修道院と呼ばれ、中世キーウでは最も大きな教会です。

1936年に旧ソ連によって破壊されましたが、ウクライナ独立時に再建。2000年に修道院として再開したばかりです。

入り口の鐘楼の手前を始め、修道院は全体的にパステルカラーで色づけされ、色彩豊かな絵が描かれています。外観の壁は淡い水色、屋根は黄金色でなかなか派手な建物ですが、中は非常に落ち着いており、多くの人が祈りを捧げています。

13.カルパティア山脈のブナ原生林

カルパティア山脈のブナ原生林

出典: Lukas_Vejrik

ウクライナとスロバキアにひろがる10箇所のブナ原生林は、東西185km、総面積2万9278haにおよぶ世界最大のブナの原産地であり、2007年に世界遺産(自然遺産)となりました。

手付かずに残された林には、ブナだけでなくカエデ、カシ、ボダイジュなど他の樹木も生息し、ウクライナだけでも100種類以上もの植物が確認されています。またアカシカ、ヨーロッパミンク、ヒグマ、アカギツネなど73種類の哺乳類、キンメフクロウ101種類の鳥類などが生息しており、原始のままの貴重な姿が現代に伝えられています。

2011年にはドイツの古代ブナ林が追加登録されましたが、現在続いている生態系の進化の代表例でもあり北半球に育つブナ林を分析する上で重要な地域です。広大な美しい緑の森林、草原、様々な動物が生きるブナ原生林は動植物が生命を維持するためにも重要な場所となっています。

14.聖ミハイール・ヴィードゥビチ修道院

聖ミハイール・ヴィードゥビチ修道院

出典: anmbph

正教会の男子修道院として11世紀後半に建設されましたヴィードゥビチ修道院。1070年代にキーウ郊外のヴィードゥビチにキーウ大公ヤロスラーウ賢公の子によって作られました。

初めは、大公の離宮と木製の教会がありましたが、石造りの聖堂に生まれ変わり、12世紀以降、修道院はルーシの歴史を編纂する施設に。修道院長の下「ルーシ年代記」、「キーウ年代記」の編集が行われました。修道院は大公の保護を受け、多くの所有地を持っていたため、ルーシにおける最も裕福な修道院となりました。

壁は白、屋根は緑と青でまとめられ、爽やかな建物です。

15.マリア宮殿

マリア宮殿 (キーウ)

出典: SARYMSAKOV ANDREY

マリア宮殿は、キーウにある宮殿です。ウクライナの最高議会の議事堂に隣接しており、現在は宮殿はウクライナの大統領の公邸として使われています。

1744~1752年の間でロシアの女帝エリザヴェータの命によりキーウ宮殿として建設されました。設計者は、バルトロメロ・ラストレッリです。ウクライナとロシアのバロック様式を上手に調和した建築物に仕上がっています。

1819年に火災が起き、2階部分が焼けてしまいましたが1870年のロシア皇帝アレクサンドル2世と皇妃マリアのキーウ訪問をきっかけに再建されました。その時にマリア宮殿と改名も行いました。重要文化財として特定日には一般公開もされています。

16.キーウ大学

キーウ大学

出典: Sofia Kora

ウクライナの国立大学であるキーウ大学。キャンパスは首都キーウに置かれています。1834年に創立され、ウクライナで2番目に古い大学となります。前身は17世紀に設立されたキーウ・モヒラ・アカデミー、正式名称はタラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学。

1834年、62人の学生とともに始まったキーウ大学の学部は哲学部だけで、1835年と1847年に法学部、医学部が新たに加わり、その後哲学部が歴史・文献学部と自然科学部に分かれました。1917年に始まったウクライナ・ソヴィエト戦争では多くの在学生が命を落とし、1918年に発生したクルーティ駅の戦いでは悲劇の学生部隊として今でも追悼式が行われています。

そんなキーウ大学の校舎は、ひと際目立つ真っ赤な色で染められています。かつてニコライ1世の時代、徴兵拒否運動を起こした学生たちへの罰として、血の色で塗りつぶすように命令したからといわれています。

17.黄金の門

黄金の門(キーウ)

出典: trabantos

黄金の門は、キーウが最盛期を迎えている1037年にキーウ公国のヤロスラウ賢公によって街の城壁の大門として作らせたとされています。名前の由来は、当時の欧州の文化の中心であったビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルにある黄金の門からと言われていますが、建築当時、門の上には金箔の屋根がついた受胎告知教会が建てられたからという説もあります。

1240年以前まであったとされる門は、幅7.5m、高さ9.5m以上あったとされ、門内はモザイクと壁画の装飾が施されました。しかし、13世紀にはモンゴル軍によって完全に破壊され、18世紀には一時保管のために地中に埋められました。その後、発掘、研究が進み1982年に当時の門を再現し、今の姿になりましたが、新しい門は遺跡を覆うように立てたので、実際の門よりもかなり大きく再現されています。

またムソルグスキーの代表曲に登場する「キーウの大門」とは、この門のことです。ぜひウクライナ観光で訪れてみてくださいね。

18.生神女就寝ポチャイフ大修道院

生神女就寝ポチャイフ大修道院

出典: Leonid Andronov

テルノーピリ州ポチャイフに位置するモスクワ総主教庁系ウクライナ正教会に所属する修道院で、ウクライナ正教会の中で最大のキーウ・ペチェールシク大修道院に次ぐ大きさの男子修道院です。タタールからの襲撃を逃れキーウ・ペチェールシク大修道院から流れ着いた修道士たちによって1240年に設立されたと伝えられています。

第二次世界大戦後には、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国領の地域となり、ソビエト政府からの宗教弾圧を受けることになりました。

1939年には200人いた修道士が20年後にはたったの74人に減少し、さらに10年後の1970年には12人へと。ソ連政府は修道院の閉鎖を促したが、地元民による反発に遭い修道院はなんとか存続することができました。それ以降、修道院の復興が進んでいます。

◎まとめ

ロシア、ポーランド、ハンガリーなど多くの国と隣接するウクライナ。ロシアに支配されながらも自らの民族文化を守り抜いてきた結果、1500年余りの歴史を持つ首都や中世の街並み、広大な大自然を今もなお残す古都ができました。

多くの教会、歴史的建造物は一つ一つに人々の思いが込められ、いくつ見ても飽きません。紹介した場所以外に、まだまだ知られざる見所が満載です。人々によって守り受け継がれてきた美しい国、ウクライナへ是非出かけてみましょう!

国内のエリア一覧

海外のエリア一覧

カテゴリー一覧

キーウ(キーウ)でおすすめの記事

キーウ(キーウ)のアクセスランキング