名称:趙邯鄲故城
住所:邯鄲市復興区西大屯村
他人を真似したことで本質を見失ってしまうという中国のことわざ「邯鄲学歩」で知られる河北省邯鄲市。実際に「学歩橋」もあり、大勢の観光客が橋の上を歩いています。
他にも河北省邯鄲市を代表する観光スポット、「趙邯鄲故城」や「黒龍洞風月関」では三国志や戦国時代の逸話にも触れられます。
さらに「武霊叢台」は、かつて列国が歌や舞いを楽しんだ場所としても知られています。
河北省邯鄲市は北京からも近いので、観光しやすいエリアです。そんな邯鄲の魅力的な観光スポットを紹介していきます!
1.趙王城跡
「趙王城」は中国の戦国時代の趙の国の遺跡。邯鄲は趙の都が置かれ、その都城の遺跡は中国で唯一の戦国時代の姿を完全に残した遺跡として知られています。戦国時代の後期には、邯鄲の人口は増え、中国有数の繁栄を誇った地でした。かの秦の始皇帝も実は邯鄲で生まれました。
趙王城跡は公園になっている部分と遺跡になっている部分があります。広大な公園の道には、象形文字がかたどられ、中国の歴史の長さを感じざるをえません。
城内には竜台や南北将台などが置かれ、地下からは土台が発掘されています。中央にある竜台は宮殿の中心をなす建物の土台。歴史に興味のある方は、河北省邯鄲市の観光リストに加えておくといいかもしれませんね!
2.武霊叢台
「叢台」、または「武霊叢台」と呼ばれる河北省邯鄲市のシンボル。中国百名園の一つで、河北省邯鄲市の叢台公園内にある観光地です。言い伝えでは、紀元前4世紀後半、戦国時代の趙の武霊王の時代に建てられた舞台で、趙王の検閲軍隊が歌や舞いを鑑賞していました。そのため、かつては「武霊叢台」と称されていました。
現存する叢台は、明や清の時代以降に修復されたものです。原型は留めていないものの、多くの漢詩に詠まれた独特の風格が漂っています。これは趙都の歴史であると同時に古城邯鄲の象徴でもあります。叢台は国家4Aクラス旅行区にも指定され、国お墨付きの観光スポットです。邯鄲のシンボルなので、観光では外すことはできませんよ!
名称:武霊叢台
住所:邯鄲市叢台区叢台公園
3. 学歩橋
「学歩橋」は中国のことわざ「邯鄲学歩」の語源となった場所です。観光客だけでなく、留学生にもおすすめの観光地。学歩橋は、河北省邯鄲市主城区にあり、ちょうど沁川の西側に位置している観光スポットです。
橋は元々、木製でしたが、水害によって流されてしまいました。明の時代に石橋に架け替えられた時に「邯鄲学歩」の故事から「学歩橋」と名付けられました。そして、文化大革命の時期に橋は破壊されますが、1986年に再建されました。現在の橋の全長は32m、幅は9m、高さは8mになります。橋の欄干には19の欄板と18の望柱があります。
歴史的人物や美しい獅子、猿の彫刻もあります。橋脚は3つで各橋脚の両側に4つの小さな穴が空いています。また、橋脚には見下ろすように獅子の頭が飾られています。それほど大きな橋ではありませんが、頑丈で美しく民族芸術の風格を醸し出しています。
かつては川が流れ、柳が植えられ、河北省邯鄲市の風景もだいぶ違っていたようです。中国の故事成語に精通している方は河北省邯鄲市の観光リストに載せておくいいでしょう!
名称:学歩橋
住所:邯鄲市叢台区北関街
4.黄梁夢呂仙祠
黄梁夢呂仙祠は「黄梁の一炊」や「邯鄲の夢」で知られる故事にちなんだ観光スポットです。広大な敷地の中には、見どころがたくさんあります。南側には蓬莱仙境と書かれた影壁があります。この文字は呂翁は書いたという言い伝えが。観光で高まった心を一旦落ち着けてくれます。
他にも見どころはたくさん!故事に登場する盧生が横たわる像の後ろには、彼の夢の内容が鮮やかに描かれています。人生の栄枯盛衰を悟る彼を前に、訪れた人も人生について考えさせられます。
◎まとめ
「学歩橋」や「趙王城跡」など歴史的な観光地を中心に紹介してきました。戦国時代にまつわるエピソードもあり、歴史好きにはぴったりの観光地といえるでしょう!河北省は首都、北京からも近いのでアクセスも良好です。天津や北京を訪れるならば、観光プランに入れてみてもいいかもしれませんね!
また、中国の遺跡は非常に長い時を経たものもあり、中には原型を留めているのがやっとという場所もあるかもしれませんが、予備知識を蓄えた上で観光すると感動も高まることでしょう。