古代エジプトの都ルクソールのお勧め観光スポット24選!

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古代エジプトの都ルクソールのお勧め観光スポット24選!

世界中の古代遺跡の三分の一がエジプトにあり、その三分の二がルクソールとその周辺にあるってご存知でしたか?

古代エジプト王朝の新王国時代にテーベと呼ばれ、1000年もの間首都として栄えたルクソールは、ナイル川を挟んで東岸と西岸に分かれています。太陽神が崇拝されていた古代エジプトでは、太陽が昇る東岸が生者の町、太陽が沈む西岸は死者の町と考えられてきました。その為東岸には神殿があり、西岸には葬祭殿や墓があります。

さあ、世界中の観光客を魅了する古代エジプトの世界、ルクソールの遺跡観光に出かけましょう!ルクソール観光の定番から、ちょっと通好みな場所まで24スポットを一挙ご紹介します。まずは生者の町、ナイル川東岸観光からスタートです!

目次

古代エジプトの都ルクソールのお勧め観光スポット24選!

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1、カルナック神殿

出典: Marc Ryckaert (CC BY 3.0)

ルクソール東岸の観光スポット、カルナック神殿はテーベの守り神であったアメン神に捧げる為に、紀元前1300年頃に作られ始め、歴代の王達に拡大され続けて、紀元前200年頃に完成した世界最大級の神殿です。

テーベがエジプトの首都になった時にエジプト王国の太陽神ラー信仰と合わさり、国家の最高神アメン・ラーとなり、人々の崇拝を集める存在になり、信仰の総本山となりました。
歴代の王や女王達はこの神殿に自分の姿や名前を残し、石像やオベリスク、内部の神殿などを寄進しました。中でも、ラムセス二世が作った世界最大の塔門や、神殿の正面にある、頭が羊で体がライオンというアメン神の像、134本の柱が並ぶ列柱室などが最大の見所です。

夜にはライトアップされ、ファラオが語りかけるという演出の音と光のショーは観光客に人気です。1979年に「古代テーベとその墓地遺跡」として世界遺産に登録されました。広くて見所が多いので、たっぷり時間をとって観光しましょう!

2、ルクソール神殿

出典: Ad Meskens (CC BY-SA 3.0)

ルクソール神殿は、カルナック神殿の副神殿として建設されました。カルナック神殿同様にアメン神を祀るもので、年に一度ナイル川の増水時に行われるオペトの祭りの為に造られました。オぺトの祭りとは、アメン神と妻ムート女神の結婚の祭礼で、神殿内の大列柱室の壁面には当時の祭りの様子を描いた壁画が残されています。聖なる船に乗せられたアメン神、ムート女神、息子のコンス神、祝いの舞をする踊り子、熱狂した民衆の様子など、必見です。

広場には、ここに神殿があると知らずに14世紀に建てられたアブル・ハッジャージ・モスクがあります。
第一塔門前にあるラムセス二世が建てたオベリスクは二対あったのに、今は一本ありません。実は見た事がある人も多いかも?パリのコンコルド広場に建つオベリスクがそうなんですよ。19世紀のモハメッド・アリー朝時代に、フランス政府にプレゼントし、お返しに貰った時計はカイロのモハメッド・アリモスクの庭に飾られています。

3、スフィンクス参道

出典: Jerzy Strzelecki (CC BY-SA 3.0)

カルナック神殿からは二本のスフィンクス参道が延びています。一本はカルナック神殿の第十塔門から、ムート神殿まで続き、もう一本はコンス神殿からルクソール神殿へ向かう物で、途中でムート神殿から延びるものと合流しています。カルナック神殿でご紹介したオぺトの祭りでは、聖なる船に乗せられたアメン神をカルナック神殿からルクソール神殿まで、このスフィンクス参道を使い運びました。

参道のスフィンクスはアメン神のシンボルである羊の頭に体は人という物と、頭はファラオという物が混じっています。スフィンクスは一つの砂岩で作られていて120x330cmの台座に乗せられています。ルクソール神殿近くに形よく残っているのは片側34体です。

最初は多くなかったスフィンクスも、歴代の王達が自分の名前を刻んだり顔を似せたスフィンクスを増設したので、最終的には千体近くになり、スフィンクス参道の名が付けられました。地下にはまだ沢山のスフィンクスが眠っています。

4、ムート神殿

出典: Neithsabes (CC BY 3.0)

アメン神の妻ムート女神に捧げられた神殿で、カルナック神殿からスフィンクス参道で繋がれていますが、現在はその参道は通れないので迂回する事になります。

長く公開されていなかったので、新しい観光地として注目されています。ムート神殿にはアメンホテプ三世が病気治癒を祈願して、574体の頭がメスライオンのセクメト女神の像を奉納していますが、そのほとんどは破壊され現在では一部しか残っていません。実際の所、全体的にかなり修復が必要で廃墟のような状態ですが、これはこれで味があると言えるかも知れません。

ムート神殿の入場チケットはカルナック神殿の中で購入するようになっているのでご注意下さいね。

5、ルクソール博物館

出典: Michiel1972 (CC BY-SA 3.0)

1975年オープンのルクソール博物館にはルクソール周辺にある多くの遺跡から発掘された遺物が展示されています。規模は小さいながらも、充実した展示物で世界中の観光客を魅了している博物館です。

ルクソール神殿のアメンホテプ三世の中庭から発見された、等身大の24体の彫像の一部は必見。土に埋められていたので保存状態が良く、まるで新しい彫像かのように見えます。別室で見られる。カルナック神殿に隠されていたトトメス三世の彫像や、馬車や船、ツタンカーメンの墓から出土した物も展示されています。

2003年にアメリカから返還されたばかりのラムセス一世のミイラは故郷に戻ってほっとしているのでしょうか?異端の王と呼ばれたアメンホテプ三世の息子、アクエンアテンは、アテン神を信仰し、宗教改革をしようとして失敗し、カルナック神殿にあった彼のアテン神殿が破壊されましたが、塔門の内部から発見された部分を繋げて復元した神殿の壁画も面白いですよ!

6、ミイラ博物館

出典: Rijksmuseum van Oudheden (CC BY-SA 3.0)

ルクソール神殿のすぐ近くに1997年にオープンした新しい博物館で、小規模ながらも、ミイラに関する全てを知る事が出来る貴重な博物館として人気のある観光スポットです。

150体の人のミイラと、他ではあまり見られない、羊・猫・ワニ・鳥・魚のミイラも展示されています。古代エジプトでは様々な動物が神として崇められていたので、ミイラにされたのが良く分かりますね。

ミイラ作りに使った医療用具、例えば鼻から脳みそを掻き出す器具や、死体の防腐処理の薬品、臓器を収める為に使う飾りのついたカノプス壺、棺、香辛料、ミイラと一緒に包帯に巻かれていた護符など興味深い物がいっぱいです。護符には、フンコロガシ、十字架のようなアンク、ハヤブサの頭のホルス神の目などが用いられているんですよ。

日本からのツアーではあまり入場観光しない場所ですが、各ホテルからも近く、小さくて周りやすい博物館なので、自由時間などを使って是非訪ねてみて下さいね。

7、 ルクソールスーク

出典: RolandUnger (CC BY-SA 3.0)

東岸最後のお勧め観光地は、ルクソールスーク(市場)です。ルクソールの各観光地にはお土産を売る売店があり、ホテルにもお土産屋さんがありますが、一度に色々なお土産を見たい、ローカルな場所に行ってみたいという方にはスークがお勧めです。

地元の人が買い物をするエリアでは、野菜や果物の店が並び、見ているだけで楽しいですよ。エジプトではスパイスが有名で、エジプト料理には様々なスパイスを使います。粒胡椒やパプリカ、チリ、オールスパイスなど量り売りで少量でも買えるので、お土産になりそうですね。

観光客が多いエリアには、ガラベイヤと呼ばれる民族衣装や、金銀細工、ランプ製品、水タバコ道具、そしてルクソールの遺跡で見て来た出土品のレプリカなどがずらりと並びます。ふっかけてくるお店もあるので、負けずに値段交渉して見ましょう。強気で半値くらいからスタートして見ましょう。ジューススタンドで名物サトウキビのジュースを飲んでみるのもいいですね。

8、コルニーシュ

出典: Marina Melik-Adamyan (CC BY-SA 4.0)

一般的に、コルニーシュと言えば海岸沿いの通りの事ですが、エジプトではナイル川沿いもコルニーシュと呼びます。ルクソール観光中に西岸と東岸を行ったり来たりして何度も見ているナイル川ですが、せっかくなのでコルニーシュのお散歩はいかがでしょうか?

観光エリアからちょっと外れると、ナイル川で釣りをしている地元の人の姿も見かけます。馬車に乗らないか?ファルーカ(帆掛け船)に乗らないか?としつこい客引きが寄ってくるかも知れませんが、用がない場合は無視!でも、夕暮れのナイル川はとても雰囲気が良いので、ファルーカに乗って見るのもいいですね。ファルーカはボートと違って完全に風任せなので、風がないとピタリと止まってしまう事もありますが、のんびりとした時間を楽しめますよ。

コルニーシュ沿いのカフェでナイル川を眺めながら紅茶を飲むだけでも贅沢な気分になれますね。観光シーズンのコルニーシュは夜遅くまで賑やかなので安心してお散歩して下さいね。

9:、メムノンの巨像

出典: Jerzy Strzelecki (CC BY-SA 3.0)

さあ、ナイル川を渡って西岸にやってきました。紀元前1300年頃の新王国時代からギリシャ時代にかけての歴代の王達の墓や神殿の観光のスタートです。

さとうきび畑の中に観光ツアーバスが止まり写真撮影会で賑わっているのがメムノンの巨像です。紀元前1700年頃、新王国時代の第17王朝のアメンヘテプ 3世王が作った像です。もともとこの2体の座像は王の神殿の正面を飾っていて、入り口左右に一体ずつが立っていたと言われています。残念ながら、この神殿は後の第19王朝のメルエンプタが自分の葬祭殿の建築資材として破壊したと言われています。

高さ21mもあるこの座像は石灰岩の一枚岩で出来ていて、近くに行くとその大きさに圧倒されますよ。破損が激しいですが、台座を良く見ると、上下エジプトの統一を表すレリーフも見られます。

10、王家の谷

出典: Nikater (CC BY-SA 3.0)

西岸で一番の人気観光スポットは、王家の谷です。ナイル川を渡った西岸は太陽が沈む方向なので、古代エジプト人は死の国だと考え、西岸にはお墓と葬式用の神殿やミイラを作る神殿を作ったと言われています。

古王国時代と中王国時代に墓として建てられたピラミッドは目立ち過ぎて盗掘に遭っていたので、その後の新王国時代の王達は目立たない場所で墓があるとは思われないような外観に、自分たちの永遠の命の住処を構えたいと考えたのです。

王家の谷には、今まで発見されただけでも、64墓もの王族の墓がありますが、そのほとんどが修復中で観光客が入る事が出来ません。王達の願いも虚しく、ほとんどが盗掘に遭っていますが、一つだけほぼ完全な形で発見されたのが、次にご紹介するツタンカーメンの墓でした。

王家の谷では1枚のチケットで、自分の選んだ三つの墓の中に入る事が出来ます。中でもお勧めなのは、ラムセス六世、アメンヘテプ二世、ラムセス九世の墓です!

11、ツタンカーメンの墓

出典: Hajor (CC BY-SA 3.0)

エジプトと言えばツタンカーメンの名をあげる人も多いくらいの有名人、ツタンカーメンは新王国時代18王朝の王で、8歳で即位して18歳で亡くなったと言われている若き王様です。歴史に残るような事は何もしていない無名の王でしたが、王家の谷から発見されたツタンカーメンの墓はほぼ完全な状態で、中から約3000点もの財宝が出て来た事で一躍有名になりました。

王墓を探し続けていたイギリス人の考古学者ハワードカーターにより、1922年に発見されました。王家の谷の墓の中では一番狭い墓だと言われていますが、玄室の王と女王と神々を表す壁画は保存状態が良くて、色が鮮やかに残っています。

有名な黄金のマスクや黄金の棺など殆どの財宝はカイロの考古学博物館に展示されています。この墓の中にはミイラの石棺と人型棺が残されているだけですが、せっかく王家の谷に来たからにはぜひ中を見学して行きましょう。(ツタンカーメンの墓は別途料金がかかります)

12、 ハワードカーターの家

出典: Logs (CC BY-SA 2.5)

ルクソールの隠れた人気観光地は、かの有名なツタンカーメンの墓を発見したイギリス人考古学者のハワードカーター氏が寝泊まりしていた家で、2009年から博物館として公開されています。

王家の谷のすぐそばにあるハワードカーターの家は、日干し煉瓦で作られた素朴な建物で、内部には仕事部屋、寝室、応接室、キッチンなどがあり当時使用していた家具がそのまま置かれていて、ひょっこり奥の部屋からハワードカーターが出て来そうな雰囲気です。

カーナボン卿のスポンサーにより、王墓を探して王家の谷の発掘を続けていたハワードカーターは、6年経っても成果がでなかったので、もうこれで最後にしようと臨んだ発掘で、世紀の大発見をしたのです。

もう一つの見所は、2014年から公開が始まった、ツタンカーメンの墓のレプリカです。本物をスキャンして造った精巧なレプリカなので、本物より本物らしいかも?ハワードカーターの家とは別チケットが必要です。

13、ハトシェプスト女王の葬祭殿

出典: Wouter Hagens (CC BY-SA 3.0)

王家の谷の東側の山麓の岩山を削って造られたのが、ハトシェプスト女王の葬祭殿です。紀元前1700年新王国時代の王、ハトシェプスト女王の時代は平和の時代だったと言われています。

当時エジプトにはまだ少なかったロバや牛などの家畜、香辛料、ヘナなどを輸入して、代わりに豊富だった金や銀を輸出するなど貿易に力をいれていたのが記録されています。これは世界最初の物々交換で、女王は外国との友好関係を築く為に努力をしていたそうです。

ハトシェプスト女王の葬祭殿は、珍しい三階建ての岩窟造りになっています。残念なのは、ハトシェプスト女王の後継者トトメス3世が、女王の存在を歴史から抹殺する為に、神殿内部の女王の姿や名前をほとんど削ってしまった事ですが、第2テラスの礼拝堂とプント貿易遠征旅のレリーフは保存状態が良く綺麗に残されています。ハトシェプスト女王にはカイロ考古学博物館のミイラ室で会えますよ!暑い場所なので水分補給を忘れずに観光しましょう!

14、セティ一世の葬祭殿

出典: Zanaq (CC BY-SA 3.0)

第19王朝の王、セティ一世が作らせた葬祭殿ですが、生存中には完成しなかったので、息子であるラムセス二世が引き継いで完成させました。セティ一世は国を混乱から再建し、軍事を使って国土を拡大した王で、数々の大きな建築をしています。

この葬祭殿は、現在では一部分しか残っていませんが、遺跡を見るだけでも、かなりの規模だった事がわかります。列柱室の小部屋にはセティ一世とラムセス二世がアメン・レー神に花などの捧げものをしていたり、儀式をしている場面を描いた壁画があり、神殿の奥にはセティ一世の父、ラムセス一世に捧げられた礼拝堂があります。

頭に太陽を乗せた羊の顔を持つ大きなアメン・レー神の聖なる船のレリーフは美しく見応えがあります。興味深いレリーフが多い葬祭殿ですが、一般的な観光ツアーには含まれていないので、観光客が少なく、ゆっくり見学できるので、古代エジプト好きな方は是非行ってみて下さいね。

15、貴族の墓

出典: George Alexander Hoskins

ハトシェプスト女王の葬祭殿と、ラムセウムの間には貴族の為の墓が点在しています。墓の規模は王家の谷より小さく、常時公開されているのは10墓程ですが、内部の保存状態が良いので、まるで最近描いたのかと思うような綺麗な彩色の壁画を鑑賞する事が出来ると、人気の観光地になっています。

墓のチケットは二墓か三墓の組み合わせになっているので、見たい墓を選んでからチケット購入をしましょう。どれを選んだらいいのか?難しい質問ですが壁画の状態が良いという点で言うと、ナクト&メンナがお勧めです。

ナクトとは、新王国時代第18王朝のトトメス4世とアメンホテプ三世に仕えた書記官で天文官。竪琴、リュート、フルートを演奏する三人の女楽士の壁画がよく知られています。メンナもトトメス4世の書記で、狩猟図や水辺の光景に生き生きとした動物の姿の壁画が有名です。泣き女の絵で有名なラモーゼの墓もお勧めですので、時間があれば全制覇はいかがですか?

16、クルナ村

出典: Merlin-UK (CC BY-SA 4.0)

貴族の墓の観光に行く時に必ず通る村がクルナ村です。かつては沢山の村人が住んでいて観光客相手にお土産屋を売ったりしていましたが、2006年に政府により少し離れた砂漠の地に作った新たな場所に強制移動させられてしまいました。

彼らは一世紀以上前にナイル川の氾濫を避けて移住してきた農民で、貴族の墓のシェルターの周りに家を作って住み始めたのです。観光という物が始まると、自分の家の墓(実際は貴族の墓)を見せてお金を貰うようになりました。

そのうち、貴重な遺物を売りさばいている、泥棒村だと言われるようになりましたが、近年はそういう事もなく、暮らしていたのに強制移動です。これには村人のみならず、有識者からの反対意見も出ましたが、今はわずかな家族が残るのみです。

政府はここを観光公園のような物にするのではないか?と言われていますが、今は何も動きがありません。そんなヒストリーを持つクルナ村の今後に目が離せません。

17、ラムセウム

出典: Steve F-E-Cameron (CC BY-SA 4.0)

ラムセウムは、紀元前1270頃に20年の歳月をかけて造られたラムセス二世の葬祭殿です。ラムセウムと名付けたのは、エジプト考古学の父と言われるシャンポリオンで、ラムセウムを、テーベで一番高貴で典雅な建造物だと称えています。

ラムセス二世と言えば、最も有名なファラオの一人で、自分の権力を内外に知らしめる為に自分の名を冠した建造物をたくさん残しているので、建造王などとも呼ばれています。90歳を超えるまで70年間も王位に就き生涯130人もの子供を残したと言われています。

ラムセウム最大の見どころは、ファラオが退却する敵に対して矢を放っているカディシュの戦いのレリーフで、第二塔門の裏で見られます。ナイル川の度重なる氾濫により、当時の葬祭殿の姿を見ることはできませんが、残された部分を見るだけでも、ラムセス二世の権力が伺い知れる壮大な遺跡です。ラムセス二世ファンの方には必見の観光スポットです!

18、 王妃の谷

出典: Zureks (CC BY-SA 3.0)

ファラオが王家の谷に埋葬されているのに対して、主にファラオの妻や王子、王女が埋葬されている岩窟墳墓があるのが王妃の谷です。何と80墓もの墳墓が発見されていて、主にエジプト第18王朝、第19王朝、第20王朝の物だと言われています。中でも 最も有名な墓は、次に詳しくご紹介するラムセス2世の正妃(第一王妃)であるネフェルタリの墓です。

第80基がセティ一世の妻、ラムセス二世の母であるムートトゥーイの墓で、名前の知られている墓から考えると、この王妃の谷は、主にラムセス二世の妻、娘達、ラムセス三世の息子たちの埋葬地であるという事がわかります。

現在公開されている墓は44号墓ラムセス三世の息子ハ―エムワセト、55号墓ラムセス三世の息子アメンヘルヘペシュエフ、52号墓ラムセス三世の妻ティティの三墓のみですが、他の墓は考古庁の許可があれば見学する事が出来ます。ここもちょっと通好みな観光地ですが、時間がある方は是非訪れてみて下さいね。

19、 ネフェルタリの墓

出典: Yorck Project(2002)

王妃の谷の墓の中で一番有名なのは、ラムセス二世の正妃だったネフェルタリの墓です。ネフェルタリはその美しさと聡明さからラムセス二世の寵愛を受けていたのが、その立派な墓や、アブシンベル大神殿の隣に彼女の為の小神殿を建てている事などからも分かります。

ネフェルタリは「アメン神の神后」の称号を持ち、独立した多くの富と権力を授けられましたが、ラムセス二世が50歳の頃に病気で亡くなり、王妃の谷に埋葬されました。墓は1904年にイタリア人のエジプト学者アーネスト・スキャパレリによって発見されましたが、他の墓同様に盗掘を受けていました。

墓は特別許可制で公開されていて、壁画保護の為に内部の観光は一日100人から150人のみ、10分から15分と制限されています。色彩豊かな壁画は3000年前の物とは思えない美しさで一見の価値ありです!ここ数年クローズしていましたが、再公開されたばかりです。チャンスがあれば是非訪れて欲しい場所です。

20、労働者の町(デール・エル・メディ―ナ)

出典: Rémih (CC BY-SA 3.0)

新王国時代第18王朝のトトメス一世の時代に造られた町で、約2ヘクタールの居住地区と高台の墓地とに分けられていました。2014年に造られたビジターセンターで、まずは模型で全体の様子を見てみましょう。ラムセス二世の時代の物で、日干し煉瓦の壁で囲まれた中に、70の家、外側に50の家があり、400人程の労働者が住んでいたそうです。家には2、3の部屋があり、壁は日干し煉瓦ですが、屋根はヤシの葉や木材で覆われた簡単な物でした。

面白い話が残されていて、ラムセス三世の統治時代に、労働者達への報酬であった食料の配給が滞り、食糧庫が空になり死に瀕していると訴えたのにも関わらず、配給がされなかったので、労働者達はストライキを決行したそうです。これが世界で初めてのストライキだそうですよ。高台にある墓地も数墓公開されています。王の墓を見て、貴族の墓を見て、労働者の墓を見る、ちょっと通なルクソール観光にいかがでしょうか?

21、ラムセス三世の葬祭殿(メディネト・ハブ)

出典: Rémih (CC BY-SA 3.0)

ラムセス三世は紀元前1170年頃の王で、有名なラムセス二世の100年後くらいですが、ラムセス二世を尊敬し,彼の治世を目指していたと言われています。とても保存状態が良い神殿で、第一塔門は高さ22m幅63mという大きさで、入り口の左右についた窪みには旗竿が立てられていました。

向かって左側には海の民を破ったとされる戦いの様子が描かれていて、海の民の髪の毛をぐいっと掴むラムセス三世の勇壮な姿が見られます。中に入ると中庭の壁面には戦いの様子を描いた壁画がびっしりと描かれていて壮観です。

色が鮮やかに残っているのと、彫りが深いのが特徴で、歴代の王は以前の王の神殿を利用して自分の物にする事も多かったので、将来の再利用を危惧して深く彫り込んでいたのではないか、と思われています。神殿の天井に残る壁画はかなり濃く色が残っているので必見ですよ!一般的なツアーでは観光しない場所ですが、わざわざ足を運ぶ価値あり、の神殿です。

22、エスナの水門

出典: Ad Meskens (CC BY-SA 3.0)

ルクソールからホルス神殿のあるエドフの町との中間くらいの位置にある、エスナの町にかかる二つの橋の間が、エスナの水門と呼ばれる場所です。このエスナにかかる二つの橋には堰としての機能があり、船で航行するには上流と下流の水位差を調整しながら通る必要があるのです。その高低差は8mもあるので、5分程かけて水位を調節します。

ルクソールとアスワン間を三泊四日で航行しているナイル川クルーズツアーに参加すると、この水門通過のタイミングが夜中でない限りはアナウンスが入るので、デッキに出て見ると自分の乗った船が注水によって上下するのを体感する事が出来ると人気があります。

水門内には一度に二隻の船しか入れないので、クルーズ船が多い時には順番待ちになるのですが、その間を利用してデッキやバルコニーに出ている乗船客にお土産を売ろうと、商魂たくましく、小舟に乗った売り子がやってくるのも名物の一つです。

23、エスナ神殿

出典: tutincommon (John Campana) (CC BY 2.0)

エスナの町にあるクヌム神殿は、プトレマイオス王朝から古代ローマ時代にかけて造られた、ギリシャ・ローマ様式の神殿です。ナイル川を司ると信じられていたクヌム神を祀っています。神殿は地下9mに埋もれていたので階段で下に降りての観光です。発掘されているのは列柱室だけなので、見学できる規模は小さいですが、面白いレリーフがたくさん残されています。

羊の頭を持つクヌム神は創造神の一人だと考えられていたので、ろくろを回して粘土から人間を作り出している小さな壁画があるんですよ。神殿奥の壁にあるので探してみて下さいね。列柱室には、クヌム神の大祭の碑文が記された、高さ13.3mの柱24本が並んでいますが、同じ形の柱頭を持つ柱は2本ずつしかありません。

天井には、天体図や祭儀の様子を描いたレリーフが施されていますが、保存状態が良く破損や剥げている部分が少ないので見応えがある神殿です。ルクソールで時間がある方はちょっと足を延ばしてみて下さい。

24、ハトホル神殿

出典: Steve F-E-Cameron (Merlin-UK) (CC BY-SA 3.0)

ルクソールから車で一時間程のデンデラ村にある遺跡群にあるのが、有名なハトホル神殿です。ハトホルとは、牡牛の耳を持つ女神で、慈愛と癒しを司り豊穣をもたらす神と言われています。内部にクレオパトラのレリーフがある事から分かるように、プトレマイオス朝時代に建てられた神殿です。

見所の多い神殿ですが、南側の外壁に、プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラとシーザーとの間に出来た子、カエサリオンが並んで描かれた巨大なレリーフは見逃さないで下さいね。

実はハトホル神殿には、今流行の?オーパーツがあるんですよ。オーパーツとは、それが発見された場所や時代とが全くそぐわず、なぜ存在するのかが謎とされている物体の総称です。フィラメントが入った電球が描かれている?良く見るとフィラメントではなくて、壺から蛇が出ている物ですが、ちょっとした話題になってるんですよ。エジプトの遺跡で一番良かった、という人も多いので、是非訪れてみて下さいね。

いかがでしたでしょうか?ルクソールは遺跡の宝庫です。
カルナック神殿やルクソール神殿のすぐそばに民家があり子供達がライトアップされた神殿のすぐ横でサッカーをして遊んでいる、そんな光景がルクソールの日常です。

ナイル川にはファルーカと呼ばれる帆掛け船が観光客を乗せ、河岸通りには観光用の馬車が走り、沢山のツアーバスが走り、近くをバックパッカーがレンタサイクルでのんびり走る。ルクソール発着のナイル川クルーズ船がアスワンに向けて次々と出向していく。そんな観光の町ルクソールで思う存分古代エジプトに触れてみて下さいね!

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