名称:Island of Gorée
住所:Rue du castel, Dakar, enegal
公式・関連サイトURL:http://whc.unesco.org/en/list/26/
アフリカ大陸の最西端に位置するセネガルの首都ダカールの沖合に浮かぶゴレ島は、「黒い黄金」と呼ばれた悲しい奴隷貿易の過去をもつ世界遺産です。かつてゴレ島は、フランスの奴隷貿易の拠点でした。アフリカ各地でとらえられたが人々がこの小島に集められ、売られていったのです。
現在は負の世界遺産として、その悲劇を現代に伝えています。青く輝く海と真っ白なビーチに囲まれたゴレ島は、今ではダカールの人気観光スポットの1つ。アフリカ植民地時代の歴史を学ぶと同時に、アフリカ西海岸の海辺の景色を楽しむこともできますよ。
目次
奴隷貿易の拠点となった悲劇の地!セネガルの負の世界遺産「ゴレ島」
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ゴレ島とは?
東西300メートル・南北900メートルと、とっても小さな世界遺産のゴレ島は、1444年にポルトガル人によって発見されました。その後、オランダやイギリス、フランスなどが領有を争いましたが、17世紀後半以降はフランスの植民地として定着しました。16~19世紀にかけて、西アフリカから多くの奴隷がこのゴレ島を経由して、新大陸へと連れて行かれました。その数は総計で1500万人にも及んだといわれています。
奴隷たちはカリブ海やアメリカ大陸で、コーヒーや砂糖、たばこ、綿花などの強制労働を強いられ、動物以下の扱いを受けました。ゴレ島は奴隷だけでなく、黄金や蜜蠟、アラビアゴムなどの貿易拠点として重要性をもつようになり、商業権争いの地にもなったのです。
1814年にフランスが奴隷貿易を廃止すると、交易の拠点は徐々にアフリカ本土のダカールへと移っていきました。セネガルは1960年に独立し、ゴレ島は1978年に負の世界遺産に登録されています。島内には悲劇の歴史を語るように、セネガル最古のモスクや奴隷の収容施設、フランス統治時代の砲台などが残されています。
ゴレ島へのアクセス
世界遺産ゴレ島には、セネガルの首都ダカールの港からフェリーで行くことができます。所要時間は約20分。フェリー乗り場はダカール駅のすぐ近く、旧市街に隣接しているのでアクセスも容易です。
ダカールの空の玄関口は、長らく中心部に近いレオポール・セダール・サンゴール国際空港でしたが、2017年に郊外のブレーズ・ジャーニュ国際空港が開港し、民間機はそちらでの発着に移行しました。空港と市内の連絡はバスが主体ですが、2018年末までには鉄道も開通予定です。
ゴレ島のおすすめポイント①:奴隷の家
世界遺産ゴレ島には、輸出を待つ間に奴隷を収容していた「奴隷の家」と呼ばれる施設があります。1776年に建設された2階建ての屋敷で、南国風に塗られた赤いファサードが印象的です。
2階が白人の部屋で、奴隷房は地下に作られています。湿った薄暗い地下に、奴隷となる人々が常時150~200人も詰め込まれ、不安を感じながら日々過ごしていました。これだけの人数を収容していたのだからそれなりに大きな建物かと思いきや、意外とこぢんまりとしています。逆にいえば、それだけ奴隷を無理やり押し込んでいたということで、人を人として扱っていなかった奴隷貿易の歴史を如実に物語っています。
奴隷部屋は男性用と女性用に分かれていて、さらに子供用の部屋まであります。また、拘束具など当時のようすを垣間見られるような品々も展示されています。劣悪な環境だったため、多くの人が伝染病などで亡くなり、遺体はサメの餌となっていました。外観の鮮やかさとは裏腹に、奴隷たちが絶望のなかで船を待っていた、そんな悲痛ないわくをもつ世界遺産ゴレ島の構成資産の1つです。
ゴレ島のおすすめポイント②:帰らざる扉
奴隷の家にはもう1つ必見の場所があります。それが「帰らざる扉(Door of No Return)」です。一筋の光が差し込む扉を潜るとその先には、奴隷を乗せる船が待っていました。ここから多くの奴隷が送り出されていったという、世界遺産ゴレ島らしいスポットです。
暗い通路の奥に見える青い海の反射光が、希望の光でないということに深い悲しみを覚えます。ここを通って出て行った人は、二度とアフリカの地を踏むことはなかったのです。負の世界遺産のゴレ島のなかでももっとも悲しみが詰まっている場所といえるでしょう。
ゴレ島のおすすめポイント③:歴史博物館
世界遺産であるゴレ島には、外敵の侵攻や奴隷の逃亡を防ぐため、南北の岬に城塞が築かれました。その北側のエストレ要塞を転用したものが、歴史博物館です。エストレ要塞は17世紀初めごろにオランダ人によって建設が開始され、19世紀に入ってフランスのナポレオン3世の時代に完成しました。
内部には世界遺産ゴレ島の起源からセネガル独立までに関する展示がされていて、痛ましい奴隷貿易の資料も見学できます。また屋上には、要塞らしく大砲のレプリカが据えられています。奴隷の家で収容しきれなくなったときに、奴隷を一時的に押し込めていた場所も残っています。奴隷貿易廃止後は刑務所として使われたり、フランス総督府の家ともなりました。ダカールの海辺の風景が一望できるスポットでもあります。
◎まとめ
セネガルの世界遺産ゴレ島についてご紹介しました。ゴレ島にはほかにも、セネガルの女性生活用具やセネガル女性解放運動について知ることのできる「女性博物館」や、セネガルの海の世界を紹介する「海洋博物館」などの観光スポットがあります。
また南の城塞の丘は景勝地となっていて、ダカールの町まで見渡せますよ。近年はリゾート地として観光ホテルも整備されているゴレ島。悲しい奴隷貿易の歴史とダカールの美しい風景の両面を実感してください。