名称:Ancient City of Bosra
住所:Bosra Syria
公式・関連サイトURL:http://whc.unesco.org/en/list/22
シリア南部の町、ヨルダンの国境近くにある古代都市ボスラは、ローマとイスラームの2つの文化が残る世界遺産の遺跡です。
古代エジプト時代にまで遡るという歴史ある都市で、最盛期には人口が8万人にも達したといわれています。全体的に建物が黒っぽいのが特徴で、これは鉄を含んだ玄武岩で作られているから。
それでは、イスラム教の開祖ムハンマドも訪れたというボスラの見どころについてご紹介しましょう。
目次
全体が黒みを帯びたユニークなシリアの世界遺産!古代都市ボスラ
古代都市ボスラとは?
ボスラに都市がいつ建設されたのかは定かではありませんが、古代エジプト王朝時代の紀元前15世紀ごろには存在していたと考えられています。
西暦106年にローマに占領され、ノヴァ・トラヤナ・ボストラと名付けられました。当時は多くの街道がここで交わっていて、ボスラはアラビア属州の州都にもなりました。
634年には、興隆期のイスラーム軍がボスラの戦いで東ローマ帝国軍を破り、ボスラを奪取。以後はイスラームの都市として発展します。
12世紀には、ヨーロッパの十字軍に備えて城壁が築かれました。しかし、大きな帝国がアラブ地域を統括するようになると、諸街道はボスラを通らないルートへと変わっていきました。次第にボスラは衰退し、いつしか人の住まない廃墟となったのです。
古代都市ボスラへのアクセス
ボスラの観光拠点となる都市はダルアーです。ダルアーからボスラへは、バスやタクシー、地元のツアーなどを利用します。
ダルアーへは、シリアの首都ダマスクスからバスで2時間ほどで行くことができます。また、距離的にはヨルダンの首都アンマンの方が近いので、ここからバスか鉄道でアクセスする方法もあります。
ダマスカスもアンマンも、日本からの直行便はないので、イスタンブールやドバイ、アブダビなどを経由する必要があります。アンマンへは、ほかにも香港やバンコク、クアラルンプールなどアジアの諸都市を経由するルートもあります。
古代都市ボスラのおすすめポイント①:城塞とローマ劇場
世界遺産ボスラの代表的な歴史的建造物が、城塞(シタデル)とローマ劇場です。
イスラーム勢力はビザンツ帝国からこの地域を奪取すると、なんとローマ劇場を要塞に作り替えたのです。ローマやギリシャの劇場跡は各地にありますが、城砦に転用された例は珍しく、貴重な世界遺産の遺構といえます。無骨な石壁の外観と、内部の見慣れた半円形の観客席のコントラストは、ボスラならではの景観です。
イスラーム勢力はヨーロッパの十字軍に備えて堅固な城壁を築いたわけですが、このことが意図せず劇場の音響効果を高める結果になりました。そのため、この劇場は現在でも演奏会等で使われ、高評価を得ています。劇場は、すり鉢型に座席が並んでいますが、実際に見ると意外と急勾配であることに驚かされるでしょう。城塞内部には重厚な玄武岩が積み重ねられていて、まるでどこかの映画のシーンに出てくるような緊迫感が味わえます。
古代都市ボスラのおすすめポイント②:大聖堂跡と修道院跡
古代都市ボスラのビザンティン時代(東ローマ帝国時代)を代表するスポットが、大聖堂と修道院の跡です。
建造された円形と多角形を基調とするビザンティン様式の大聖堂は、513年に建立されました。正方形の外枠に多角形の円を刻印し、角を埋めるために4つのニッチ(壁龕)を使用しているのが特徴です。八角形の聖堂や付属のチャペル、コニースの断片、聖母と天使ガブリエルの受胎告知のフレスコ画など、ほかにも見どころがいろいろありますよ。
また修道院は、布教活動を始める前のムハンマドが訪れた場所として知られています。ムハンマドはこの修道院で、修道士ハビラから後に預言者となるだろうと告げられたそうです。
◎まとめ
2018年現在、シリア全土には外務省により海外渡航安全情報の危険度「レベル4」が発令されています。危険度「レベル4」は、退避してください、渡航は止めてください、という退避勧告です。したがって、シリアへは残念ながら渡航できない状況にあります。
またシリア内戦により、2016年1月にローマ劇場の一部が破壊されたともいわれています。シリアは被害の公開を避けているので正確な状況は定かではありません。このまま大きな被害がなく、世界遺産が守り続けられていくことを願うばかりです。